「…………なまえ」


突然だったので、後ろからの声に驚いた。


「……なっ、なに!なんでございましょうかぁぁあ!!!!!」

「あ、うん、まず落ち着け。」

冷ややかなその声に、固まる。

「うん、うん、…うん」

うん、しか言ってないぞ、一言

「何?」と一言聞くと

サーベルトは頭を思いきり下げた。

「悪いが………一日…いや三日間くらい…恋人のフリをして欲しい。」


…………ん?は?え?

りぴーとぷりーず


「な、ななななな………なんでだぁぁあ!!!!!!!」


僕の声は小さな村には十分な声だった。



サーベルトは膝をついてなまえの手を取った。

「俺には大嫌いな婚約者がいる。」


やつなのだろうか。


「あいつはな、あいつはな………

例えるなら…………

豚+リップス=あいつだ!!!!!!」


…………

…………………


そんな人種がいるなんてびっくりするわ。

一目みてみたいものですなぁ…


「お前、今”そんな人見てみたい”とか思ってるだろ…」


「サーベルトさん、もしかして心を読む能力が!!!「いや、ないから。」


「…とにかく、この通りだ。」


深く頭を下げようとしたので僕は慌てて止めた

「大の男が女に頭を下げるなんてみてらんない」

しかたない、引き受けるか。
泊めて貰う恩返しという事で

「僕でいいなら、使ってくれ」


そういうと、後ろからギュッと抱きしめられた。

………!

「ありがとう…なまえ」

心臓が驚きで速く鼓動を打つ。

……………エイトは姫が好きだから、もし、本当に恋人になっちゃったら、僕は少しでも楽になるだろうか。

抱きしめられた腕の中で、一瞬だけ、そんな事を考えてしまった。


「………そんなに嫌な相手なの?」



「お前な…豚+リップス+性格ヤバイ=あいつだぞ?」

「ひとつ増えたぞ。」

サーベルトは笑い出す

「……あ、…よく見たらお前随分顔が赤い」

「なっ!!!」

優しい声で耳元でそういうから余計赤くなる。

「違わないだろ?」
いじわるな顔で見つめてくるから

視線を合わせないようにそっぽを向くと
さらに抱き寄せられた。

心臓の鼓動がまた、どんどん速くなる。

「恋人ごっこに、こんなのいらないだろ!」

「いいだろ、恋人なんだから」


「……っ!」

サーベルトには口で勝てないだろう、勿論肉体的に勝てるとも思えないが、

「……君が嫌がるのは凄く悲しい」

僕は黙った。

この人は、どこか…エイトに似てる気がする。

全部全部全力で、優しくて、強くて、心配性で……



「…さっきから、すごく恥ずかしい!!…てかなんで、大切な奴がいるって…!!!!」


さらに顔が染まる。


「やっぱりな、しかもそいつは俺に似てる。じゃなかったら、そんな切ない顔なんかしない。」

そんな顔って……。
サーベルトも切ない顔で僕を見る。

一瞬だけ心臓がはねあがる。


「なぁ、嘘じゃない。…正直にいえば、一目惚れしたんだよ。」

………それって、世にいう告白って。

「冗談きついぞ。」

わざとらしく笑うと


サーベルトは、あまりに、真剣な顔で
僕は思わず下を見た。


「目を見て、なまえ」

顔をあげると
一瞬、エイトがいたように見えた。


余計に目をはなせない


「お前みたいに、自然に接してくれる奴は初めてなんだ。だから…男らしくても、胸がなくても、こんなに背中は小さくて、女だ。短い時間しか触れていないが。例え、周りに……お前に幻想だと言われたとしても、これは本気だ。」


速まる鼓動が痛くて堪らない。


どうしても、目が離せなくなる。


手を思いきり握る。


−−−−−−−僕は………





「…っ………恋人のふりはする。でもその返事は考えさせて欲しい。」


サーベルトは頷くと黙って借りた部屋まで案内してくれた。

お互い黙ったまま夜遅い暗い廊下を並んで歩いた。

その沈黙は僕にはすごく辛くて仕方なかったが、もっと辛いのはきっとサーベルト。


部屋につくと、サーベルトは小さい声で「おやすみ、なまえ」と言った。

一瞬見えたその顔は初めて会ったその時笑顔は消えていて、
代わりに見ているこっちまで切なくなるような、
そんな苦しい顔だった。

「……おやすみ、サーベルト」

そういった瞬間、優しく抱きしめられ、サーベルトの胸に顔を埋めた。
男の人の腕、息、顔、首。抱きしめられて改めて感じるサーベルトの心臓の音。
身体中が脈をうつように音を立てた。身体も熱くなってクラクラする。

いきなりサーベルトの腕が離れて、ふらっとして、半歩前に出てしまった。

「おわっ」
どうやら、知らぬまによりかかってしまっていたようだ。

そう思うと物凄く何故か恥ずかしくなり、

「………ーーっ!!お…おっおやすみ!!」

頭の中でパニックが起こって、
言葉にならない音を出したあとに、離れて勢いでドアを閉めようと試みたが、
サーベルトの顔がずいっと眼の前にきて、僕は怯んでしまった。


「……寄り掛かってくれてたのは嬉しいけど、あからさまに、不自然」
と呟くとサーベルトは笑いながら、自室へ戻って言った。

僕はへなへなとその場に座りこんだ。

まだ、熱い顔
まだ、脈が速い心臓

「反則じゃねぇ…?」

エイトがしないことを、サーベルトは僕にする。

抱きしめられてこんなにドキドキする

それは彼が好きになったから?

やっぱり僕は、きっと彼を選んだほうが、幸せになれる。



ダッテ、エイトは、ヒメノコトがスキダカラ。



わかっているのになかなか決められない僕がいた。


明日になったら、きっとちゃんと答えが出せると思う。

今日はもう、寝よう。

そう思いベットに入った時、ドアがノックされた。

僕は起きていって、ドアを開けると
ゼシカがたっていた。

「…ゼシカ?」

キッと睨まれたかと思うと
急に笑い出した。

「あんな、顔の兄さん初めて見たわ」

顔が赤いのが直らない。

「…なまえは、兄さんのこと好き?」


「……わからないよ。」

ゼシカは首を傾げる。

「…どうして?」

僕はちょっと考えてみた。

「………ゼシカ、恋ってしたことある?」

「…まだだけど、何で聞くのよ」


「いつからか、僕は、男のように振る舞ってきたけど、やっぱり女だと思う瞬間ってこんな時。抱きしめられれば反射的に恥ずかしくなるし、赤くなる。でもこれは恋じゃないってなんとなく頭のどっかでわかってる。僕はサーベルトのこと好きだよ、
でも気持ちに答えることは出来そうにないかもしれない、頭ん中ぐるぐるしてんだわ」

一気に話した


おどけたように頭を指す。

そう、私が好きなのは
あの鈍感な奴だ。

迷うことはない。

「なまえが義姉さんなら許せたかもしれないわ。」

「ありがとう、そんでごめんな。」

ゼシカは優しく微笑んだ。

「ねぇ、なまえよかったら友達になってくれない?」

「もちろん。こちらこそよろしく」

「今日は一緒に寝ましょうよ!なまえのことをたくさん教えてほしいわ」

「あぁ」


二人は見合って笑った。






***






一目惚れ。


そんなの、ゼシカの部屋にあるラブストーリーの世界だけの話だと思ってた。

それを覆したのは間違いなく

なまえ。彼女だ。

あの、強い目に引かれた
金色がかった紫の瞳は
真っ直ぐで、凄く綺麗だった。


彼女は男勝りだ
一人称は『僕』だし
胸は、まな板だし
服装も、男モノだし
口調も、どこか荒い。
力も、並の女性と比べたら強いほうだ、寧ろ、普通の男と比べても、劣らぬも劣らないだろう。



彼女の瞳は真っ直ぐで、
金色がかった紫色の瞳でこっちを狂いもなく見る。

綺麗だ。

心から、そう思った。


だけど、

俺を見てるのに
一瞬違う男が写り消えた。

その時の彼女は、戸惑いと恥じらいでふわふわしていた。



もうすぐ俺は好きでもない女と結婚しなくてはならない。

今まで、俺は母親のいうことはなんでも聞いてきた。
だから、たまには
わがままも言わせてほしい。

『俺は好きな奴と結婚したい』



ちょうど、明日婚約者が来る。

そうだ、俺は最初で最後のわがままを言おう。


(受け入れてほしい。形だけでも。)




そんな気持ちだった。彼女に恋人のふりをしてほしいといった言葉。俺の精一杯の勇気だったのだ。
彼女の言葉一つ一つが俺のなかでは新鮮だった。こんなに対等に話をしたのは久しぶりだ。いつも誰かの上に自分がいたのだ。

一目惚れなんだな。

出会った瞬間にその瞳に惹かれていたのだ。

例え誰と比べていても構わない。
俺はなまえが好きなだけ。




速まる鼓動。

どうしても、目が離せなくなる。




俺は、好きだ。
どんなに、笑われてもいい。


邪魔するな、こんな顔させるな
一体アンタは誰なんだ。


アンタは彼女のなんなんだ。

なんで彼女に
気付いてないんだ。












***





サーベルトの婚約者に会う、数時間前………。




「…なまえ、貴女もしかしてその格好で会う気かしら。」
ゼシカが眉間にシワをよせながら言った。

僕は目を丸くした。

「………え?」
なにか問題でもあるの?

「たしかに、豚+リップス+性格ヤバイ=あの人だけれど、なまえより一応身分的には上なのよ?さすがに、旅人の服じゃまずいんじゃないかしら?」

しかも、モンスターの血とかもちょいちょいついているわけだし、と付け足された。

たしかに、まずいかも。と思ったけど
自分の持ち物の中を探してもそれ相応の服等みつかるはずもなくて、

「………うーーーん。」

「しょうがないから、貸してあげるわ。ついてきてちょうだい。」

持つべきものは友、先人はよく言ったものだ。
そんなことを思いながら、ゼシカに半ば引きずられながらついていった。

「この中から好きなのを選ぶといいわよ」というと

ゼシカが自分の部屋のタンスを開いた。


そこにはきらびやかな洋服達がところせましとかけられていて、思わず一歩引いてしまった。

「どうしたの?」

「…いや、なんかこんな服とか初めてで、ちょっと圧倒されちゃった。」

「なまえ、貴女聞くけどホントに女であってるはずよね?」

………うっ、し、失礼なっ

「しょうがないじゃーん、お城に住んでた頃は近衛兵として働いてたんだから…。ちゃらちゃらできなかったんだ!」

「ちゃらちゃらじゃなくて、オシャレね。」

とにかく好きなの選びなさい?と言われて改めて捜しはじめることにした

しかし、なにから手を付けてよいのかわからず、またストップした。

ゼシカに助けを求めると

「なまえ好きな色は?」

「黒!!!」
「はい、却下」
迷いなく瞬殺されてしまった

「私が選んだほうが早いわ!なまえ…………気をつけ!!!!!」

「ハイィィ!!!!」

ゼシカが、派手過ぎない薄い緑色のドレスを出してきて、無理矢理脱がされ着替えさせられた。ついでに薄くメイクもされて、まるで着せ替え人形のようだった。

「……………胸がないわ」
ペタンとしたバスト部分に絶望するゼシカ
「気にしてることいわないでくれるか…しかも絶望すんなよ」

「…馬子にも衣装」
男性独特の低い声が聞こえ、振り返った。

「サーベルト兄さん、確かにそうだけどなまえに失礼よ。」

「いや、あんたが1番失礼だから。」

「なによー、せっかくやってあげたのに。」

「それはそれ、これはこれだ。」

「あ、ゼシカ、もうなまえ連れてっていいか?」

サーベルトが時計をちらっとみた。
ずいぶんと時間は進んでいたようだ。

「仕上げに靴をはいたら連れてっていいわ。」

どんどん靴をはかされて、背中を押された。


慣れないヒールにふらふらするわたしに
サーベルトは手を差し出した。

「掴まれよ。」

「…う、うん。」


椅子に座らされて、目線が同じになるサーベルトの顔は赤かった。

「…真っ赤だよ。」

「いや、ちょっと予想外に可愛くて。」

「……医者に見てもらえ。」


サーベルトに頬をキスをされた。

「…可愛い。」

耳まで赤くなるのがわかった。

「………真っ赤だけど?」
「うるせーよ。」

しばらく話していると家のベルが激しくなった。

「………きたかなぁ。」ため息混じりの声で怠そうに迎えに行くサーベルト。

あぁ、どんな人だろ













****



とりあえず、衝撃。
効果音をつけるとしたら

ドカーンとか
バーンとか
バキューンとか
そんな感じ。


目に入ったのはまず、
『唇』
サーベルトとゼシカの言うとおり『リップス』

顔ほとんどが唇だ。

いや、顔が唇だ。


派手な赤色のドレスを着ていたのだが、全く身体に合っていない。
ぎちぎちと嫌な音をたてている。

彼女が座る椅子も限界を感じているのか
キリキリと折れそうに音をたてている。


僕は嫌な汗をかいていた。

人は中身よ、そう!

これで優しい人ならスキになれるはずなまえ!


無理矢理自分を落ち着かせようとしたが、逆にくらくらした。


彼女は葉巻を取り出した。

「……ちょっとぉ、う゛ぁなた(あなた)火ィつけてくれなぁぁい?」


落ち着くんだ自分。
そうよね、僕は身分が低いもの。火を付けてあげなきゃね。うん
おとなしく火をつけた。

「…ああ、まずい」

唇から吹き出された煙の慣れない臭いに一瞬だけ視界が歪んだ。

……うん、はい、ええ。
我慢って大事ですよね。
わかりますよ。


「…で、だぁりん〜どぉしたのぉ〜?」


「その呼びかたはやめてくれないかと、何度も言ったはずだが。」


バシッと言い放った彼。
目すら合わせようとしない。


「やぁんっ!だぁりんのイ・ケ・ズ、きゃはぁっ!」

うわぁー
うわぁー
うわぁー
うわぁー


どうしよ僕、普段人を嫌いになるなんて無いことなのに

どうしよう。


本当に嫌いだ。



「……今日は君に話したいことがあるんだが。」

ひとつ息をついたあといつもよりも低い声でそう言い彼女を見た。

「だぁりんのいうことならぁ、なんでもぉ聞いちゃったりす・るぅ〜、てゆうか、プロポーズだったりしちゃうの?しちゃうのぉ?」

甘ったるい声と白い煙は、ひどく相性が悪いようで、僕の苛立ちはさらに高まった。



「好きな奴がいるんだ」


ガバッと抱きよせられた。

突然だったので、少し驚いたが。彼の腕はとても暖かくひどく安心した。

それと反比例するかのように顔に怒りが表れ、椅子を倒して立ち上がった。
それの音と同時に彼女の息の吸う音が耳に入った。

「っな!!!そんなことお父様が許しませんわ!!!召し使いのほうが好きなんて。わたしそんなに魅力がないの!!!!」

キーキーと高い声が屋敷中に響いている。ドシドシと彼女は彼に近づく、あと三歩ほどで触れるほどの位置で彼は瞳をゆっくりと閉じて口を開いた。

「ああ」

思わずサーベルトの顔を見た。
ものすごい笑顔。
むしろ凄い黒い笑顔


「悪いが、俺はお前のそういう無駄にくねくねしたり、サイズの合わない服を着たりする所も嫌だし、人を使っておいて礼を言わないところ、それが1番嫌なところだ。それに俺はお前を好いていない」


心の中でガッツポーズを決めた自分がいた。最低だな


「……こんなことってないですわ……こんな侮辱………」


彼女は泣きそうになっていたが、弾かれたように、こっちをみてこう言った。


「そうだわ!!!だぁりんがホントにその召し使いが好きなら、証拠を見せなさいよ!!!」


何を開き直ったんだこいつは。
てか、僕は召し使いじゃない。


「…うるさいなぁ」


ついに、口に出してしまった。



こうなったら止まらないで言っちゃうぜ


「なんて無礼なっ!」

相変わらず甲高いその声にわたしは耳を塞ぎたくなった。

「お礼も言えない貴女に無礼なんて言われたくない。それに証拠とかそんなものは貴女も持ち合わせてないでしょう。好きなら相手のこともっと分かろうとしなよ。自分の都合ばかりなんてそんなの図々しいだろ」


わたしはその場から離れた。
うっすらと涙を浮かべた彼女。涙の理由は僕にもわかった。いつか流す涙と同じだろう、と




サーベルトが玄関に彼女を送っていった。






「…悪かったわ…あのこにも謝っておいてくれるかしら。」



ちらりと聞こえたその声にちょっとだけ、彼女を好きになれたような気がした。







***


彼女が帰ってすぐだった。
サーベルトが僕の方へ歩んできたのは



「…なぁ、なまえ。」

名前を呼ばれて反射的に返事をした。
それはとても優しい声で。

目を合わせると、へにゃりと笑った。



「俺、やっぱりお前のこと好きだ。」



真っ直ぐに僕を見た。


昨日も言われた言葉なのに、身体がむず痒く感じ、胸の奥がぎゅー、と狭くなった気がした。


言わなきゃ。
ちゃんと気持ち


「ゴメン、サーベルト。僕には好きな奴がいる。サーベルトは大事だ、だけど、やっぱり……エイトが好きなんだ」

少しだけ震えた声だった。
生まれて初めて気持ちを言葉にした『好き』
いままで誰にも言えなかった気持ちだった。



「そうか、お前の好きな奴は、エイトというのか。」

サーベルトの優しい声。優しい腕。
確かに安心する、好きだ。



だけど、僕は

−−−−−−エイトが好きなんだ。



「ありがとう、なまえ」



「……うん、こっちこそありがとう、サーベルト。」



彼の顔は初めて会ったときには想像できなかった笑顔だった。














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