暗い世界で

腕時計を見遣れば、消灯がぎりぎりに迫っていた。太った婦人に不審な目を向けられながら、扉の前で立ち呆けて数分経っただろうか。消灯時刻を告げる時計の音と共に、扉をくぐった。

「じゃあ、入り口で」

透明マントを被ったハリーに一言告げ、私は談話室へと足を踏み入れる。あれから鰓昆布入手作戦を練ったのだが、今日はハーマイオニーとロンがいない。という事は、外から扉を開けてくれる人がいないという事で、考え出したのが強行突破とも言えるこれ。

「寒っ」

グリフィンドール塔から一匹の梟が飛び立った。優雅に旋回した梟が向かった先は禁じられた森の入り口。

「えーと、コウキ?」

森の看板に停まった梟に、姿の見えないハリーが声を掛ける。また飛び立ったと思えば梟が人の姿に変化し、すぐに景色と一体化した。

「中々うまくいったんじゃない?」
「僕はひやひやしたけれどね」

今私達の姿は目視できないが、ムーディの手元には忍びの地図がある。抜け出した事に対して減点や問い質しを受ける事は無いだろうが、もし城を抜け出す私達の名前を見ていたとしたら。
森の生物に襲われたように見せかけて、事故に見せかけて…?

「コウキ」
「ああごめん、どうかした?」

私の身震いを感じたのか、ハリーが心配そうな顔を向ける。明日までに鰓昆布を手に入れるには、ここに来るかセブルスの自室に忍び込むしか無いのだ。さっさと採取して帰ろう。

「コウキって、いつも考え事してるよね」
「え、そうかな?…そうかもね」
「やっぱり―――辛い?」
「え?」
「ごめん…変な事聞いて」
「ううん、そんな事ないよ。確かに悩み事は尽きないけど、でも、毎日楽しいよ」
「本当?よかった、僕らじゃ全然子供だから、一緒にいてもつまらないんじゃないかって、心配だった」
「そんな筈無いじゃない。私が大人って言うのは、取って付けたような物だし。例えるなら大人になる為の階段を上ったのでは無くて、エレベーターで階抜かししたような物だからね」
「君は上ったきりの階段では無くて、エレベーターで大人と子供を行き来出来るって事だ」
「はは、そうそう。だから気にしないで、私はハリー達と一緒に居させて欲しいよ」

難なく鰓昆布を採り終え、城に戻ろうと立ち上がり池に背を向ける。が、何かに足を掴まれている感覚に背中が冷えた。
まさか―――

「ハリー。私に何があっても、絶対逃げなきゃ駄目。真っ直ぐ、城に向かって走って」
「コウキ?どうしたの?」

掴まれていた右足が、ずるずる下がっていく。
落ち着け、私が慌ててしまってはハリーは引き下がってくれない。

「私は、絶対大丈夫。もし何かあっても、二人とも巻き込まれてしまうのが一番よくない」
「コウキ!?」
「逃げて―――!」

そう最後まで告げる事が出来たかわからないが、私は池の中へと引き擦り込まれた。がぼがぼと音を鳴らしながら空気が水中へと流れ出る。
睡眠は大した取らなくても生きていけるのに、 呼吸はしなくちゃならないなんて不便だ。どこまでも引っ張られる先には、まだ底が見えない。ここは底無しか?



―――…



「っ…」

一人の男の子が泣いている。
7、8歳くらいだろうか。ベッドの上で膝を抱え、声を殺しながら。

「おねえちゃん…」
「どうしたの?何か…あった?」
「いなく、なるの…?」

少年は垂らしたままの頭をまた深く抱え込んだ。頭を撫でてあげようと手を伸ばしたが、体ごと後ろに引かれそれは叶わなかった。
宙に浮いているかのような感覚に自分の姿を確かめると、まるでゴーストのように透けた体。先程私が居た場所には、自分と同じ背格好の少女が居た。

「私が?どうして?」
「みんなそう言ってた」
「みんな?大丈夫よ、私はここにいるわ」

少女は少年の胸を指差しながらそう言った。

「本当?」
「ええ…」

その時だった。
扉が遠慮なく開かれ、現れた数名の大人に呼ばれ少女は部屋を出て行った。はっとした少年が後を追うが、外側式の鍵がかけられたのか扉が開く様子は無い。

その場に崩れ、少年はまた体を揺らす。
少女はどこかへ連れていかれるのだろうか?少年の横を通り過ぎ、壁に手を当てると他のゴースト同様通り抜ける事が出来た。

「あの子がどこへ行ったのか、見てくるから…」

声を掛けるが反応は無い。もしかしなくても私はここに存在していないのかもしれない。夢を見ているだけかもしれないのだ。少し寂しさを覚えながらも、廊下の端に見えた人影を追った。

「最近、眠れないと言っていたな?」
「はい…」
「専門の魔法使いを呼んだ。見てもらうといい」
「え…?あ、ありがとうございます」

まるで研究所のような部屋の中心には、手術台のようなベッドがあった。その周りには三人の大人が少女を見下ろす様に立っている。
どいつもこいつも、何か嫌な物を感じる奴等だ。もしかして、闇の陣営だろうか?

「あの…これは?」
「案ずる事は無い。さあ、そこに横になれ」
「はい…」

嫌な予感がする。

「…ごめんなさいと…伝えてもらえますか」
「何か言ったか?」
「いえ」

願いを口にした少女の瞳は、確かに私の方へと向いている。人の隙間を縫って、真っ直ぐ私の方へと。
彼女には、私が見えているのだろうか。ならばと身体を動かすが、やはり何にも干渉出来ないようでただ頷き返す事しか出来なかった。

「目を閉じて」

どく、どく、自分の心音が煩い程頭に響く。
これから起こる事を、どう受け止めればいいのだろうか。あの少女の目が私を捉えた時から鳴っている耳鳴りは、何を示しているのか?

「掟に法り、早々に始末するべきだった」

もう少女は目を開かない。
深い眠りの魔法をかけられている。

待って、やめて。
どんなに叫んでも届かない。

「アバダ ケダブラ」

死の音を―――聞いた。
光線が真っ直ぐに伸び、それから少女が二度と目を開ける事は無かった。全てがスローモーションで見えたのに、その出来事は一瞬だった。他人事のように、憂いの盃で見る出来事のように。
なのに、心が痛い。全身がびりびりと痺れるように痛い。

「どうして、掟に背いてまで育てようと」
「利用しようとな。しかし、赤子の頃よりも遥か、力が増幅している」
「容易く殺されていくだけでは、その力は無意味だな」

もしかしてこの少女は、あの日記にあったスリザリン家に生まれた子供だったのだろうか?ならばここはスリザリン直家?いや、どう見てもここは孤児院のようだ。廊下に出て辺りを見回すが、やはり豪華な家などでは無い。

「おねえちゃん」
「っ!どうして、ここに…扉には鍵が―――」
「おねえちゃんを、ころした?」
「君…」
「ころした―――」

泣く事を止めたその瞳からは、確かに怒りを感じた。私は、この目を知っている。

「ねえ君、私の声…聞こえてる?」

反応は無い。私の前を素通りし、あの研究所のような部屋の扉の前に立った。

「あの子が…あのお姉さんが、ごめんなさいって、あなたに伝えてって、」
「許さない」
「え…」
「みんな―――許さない」

少年から発せられているとは思え無い程の威圧感に、その場から動けなくなる。振り向いた少年の瞳を見て、思わず恐怖に包まれた。

「許さないよ、コウキ」

朱に染まった瞳は、真っ直ぐと私を見据えていた。

「リ、ドル」
「必ず、僕の元へ戻って来るんだ」

リドルの姿はぶれ、少年か青年か、はたまた大人なのかすらわからない。ぴしりと空間に殺気が走り、廊下に飾ってあった花瓶が転がり落ちた。

「リドル、」

割れた破片を拾い、彼は自分の右手を切った。滴り落ちる程の血が右手を真っ赤に染める。

「なに、して」
「逃がさない」

金縛りのように体が動かない私の前に立ち、リドルはその右手を掲げた。

「永遠を誓え」
「な…にを、」

右手を這う蛇が見えた。目を見開いたまま、自分の心臓が貫かれるのをただ静かに見ている事しか出来なかった。

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