わたしにとって

「アクシオ!来い!」

ハリーが杖を振ると、ハーマイオニーの手元から辞書が飛び、ハリーの手に収まった。

「よし!ハリー、完成ね」
「明日、成功するかな…ファイアボルトを、競技場まで呼ばなきゃならないんだ」
「大丈夫。ちゃんと飛んでくる、自分を信じて」
「うん…わかった」
「僕、もう眠いよ…」
「そうね、特に二人は睡眠をとらなきゃ」

時計の針は0時をまわっていた。
談話室にいるのは私達だけで、もうロンはソファで寝息をたてている。

「ロン、そんなところで寝てたら風邪ひいちゃうわ」
「僕が運ぶよ。それじゃあ、おやすみ」
「ええ、おやすみ」

自室へと戻りベッドに潜り込んだが、中々眠気がやってこない。何度も寝返りを打っていると、ハーマイオニーが声を掛けてきた。

「コウキ、起きてる?」
「あ、ごめんうるさかった?」
「ううん、私も眠れなくて」

ハーマイオニーの方へ向き直り、シーツを手繰り寄せる。明日もまた、このベッドで眠る事が出来るだろうかなんて、らしくない事を考えてしまう。

「明日はどうする予定なの?」
「私は、失神の呪文を使うつもり」
「本当に?でも、大人が何人もいてやっと効く程なんでしょう?」
「多少痺れて動けなくなってくれれば、さっとやってさっと終わるかなって」
「流石ね」

こうやってハーマイオニーと話していると、昔の事を思い出してしまう。変わらないこの場所で、ホグワーツと私だけは変わらずここにいる。

「ねえ、コウキ」
「うん?」
「貴方って、凄い人だと思うわ。色んな知識と力と、勇気を持っている。でも…でもね。普通の人よ」
「え?」
「普通じゃないってコウキは言うけど、心を持った普通の人。優しさも悲しみも、ちゃんと知ってる。だから、無理しないで」
「ハーマイオニー…」

昔、リリーに言われれた事が脳裏に浮かぶ。
リリーもハーマイオニーも、どこか欠けていく私の心を拾うのが上手い。
すとん、と受け入れられたその言葉に心が暖かくなった。

「ありがとう、ハーマイオニー。頑張るから、私」
「ええ、応援してるわ」

それから間もなく、ハーマイオニーは眠りに就いたのだろう。静かな寝息が聞こえ始めた。
時刻は1時半頃だろうか。私はそっと寮を抜け出し、リーマスの部屋へと向かった。

「リーマス」

先生達に与えられる自室の中に、特別な魔法が掛かった扉がある。その扉を開くと、簡易的なベッドだけが置いてあり、隅の方に人狼化したリーマスが体を丸めていた。

暖房器具の無いこの部屋は、廊下と同じ様に息も白くなってしまう。イスに掛かっていた毛布を纏い、リーマスを抱きしめた。

「今日は、天気が悪い」

天窓から月が覗き部屋の中を照らしていたが、雲が夜空を埋め尽くし、月がゆっくりと厚い雲に隠される。月明かりが消え、部屋は闇に包まれた。

「コウキ」

苦しそうな呻き声と共に、狼から人へと変わるリーマス。あんな綺麗な満月なのに、どうして苦しまなければならないのだろう。

「自室で寝ていなきゃ、駄目じゃないか…」
「眠れないの」

あの時代に生きた人達は、何故こんなにも悲しい運命に縛られているのだろう。
何故幸せな日々は続かなかったのだろう。

「私ね、どうして自分がここにいるのか、やっぱり気になって」
「この世界に来た理由?」
「初めはジェームズとリリーを守る事だと思ったの。でも、それは叶わなくて、やり直す事も出来なかった。私はちっぽけで、誰かの運命を変えるなんて事は出来なかった」
「なら、君は、未来を変える為に来た訳では無いと?」
「まだ、憶測の域は越えないんだけれどね。サラザール・スリザリンの直系に、強力な光の力を持った子供が生まれたの。その子は、すぐに殺されてしまうのだけど…その子はどうして生まれてきたと思う?」
「そうだな…スリザリン家による闇の繁栄を阻止する為?」
「きっと、そう。もしかしたら、救いの為かもしれないけれど…その子が語り掛けてくるの」
「やっぱり…君は遠いな。あの満月のように」

ずっと視線を外さずに私の話を聞いていたリーマスが、そこで窓の外に意識を向けた。
その視線の先には、厚い雲に光を奪われた月がいるのだろう。

「私はあの雲の様に、いつか君の光を奪ってしまうのかもしれない」
「人狼の事を言っているなら、知っていて欲しい事があるんだけど、いい?」
「うん…?」
「人狼と言えど、リーマスだから怖くないし、咬まれたらちょっとどきっとするし、寧ろ可愛いくらいの気持ちでいつも見てるよ。そう言ったら逆に落ち込みそうだから言わなかったけれど」
「…世界には物好きがいるんだなって思った」
「そっくりそのまま返すよ、その台詞」

二人はくすくすと小さな笑みを漏らした。
本当に私が満月ならば、私達は相容れない存在だ。
だが、私には満月の様な人の行く末を照らす力等無く、リーマスが私の行く末を塞ぐ事も無い。
地を這い、人工的な光を灯し、自分の弱さに嘆く。そんな泥臭い人間なのだ。

今夜は、それきり月が覗く事は無かった。

「さっきの話」
「うん?」
「サラザール・スリザリンの子供の話。何か、見たんだね?」
「うん…ムーディに服従の呪文をかけられた時と、思いだし玉を握った時に、聞こえたの」
「思いだし玉?記憶では無いのに?」
「そう、おかしいよね?何か魔法でもかかっているのかもしれないから、今度見て欲しいの」
「ああ、勿論。何か仕込まれている可能性が高いな」

あるはずの無い四人目の代表に選ばれた事、思い出し玉に仕組まれた何か、それは確実に私を闇に引きずり込む仕掛けだろう。
喉元まで何かが這い出てきているのに、思い出す事が出来ない。こんなもやもやともどかしい気持ちは、すっきり無くしてしまいたいのに。

「ああ、こんな時間まで付き合わせてしまったね…もう何時間後には試合だと言うのに」
「勝算はあるから大丈夫」
「そこは心配していないけれど、体調は万全にしておかないと。そろそろ寮に戻った方がいい」
「…ここにいたい。駄目?」
「しかし…」

参ったな、と言いながら私の頭を撫でるリーマス。きっと今、彼の脳内には様々な考えが巡っているのだろう。だが暫くして諦めたように頭を掻き、ベッドに私を招いた。

「早朝には戻るんだよ?」
「ありがとう!」
「こうして君と過ごす満月は、狼の姿でも苦しくないんだ。こんなリラックスしていられる事なんて、今まで生きていた中では経験が無い」
「ふふ、それならよかった」
「薬の所為で具合は悪くなるけれどね。満月になる週はずっと休んでいないといけないのに、明日は普通に出られそうなんだ。君は、本当に不思議な人だよ」
「それは私も同じ。リーマスと一緒にいるとリラックス出来るし、力も溜まるよ。素敵な共依存だこと」

もし、本当に私がいる事でリーマスの負担が軽くなるのなら。私の魔力すべてを使ってでも、人狼という負担を取り除く事が出来たのなら。

憶測の域は越えないと言ったものの、強ち外れてはいないのではないかと思う。
殺された赤ん坊に、私は何か感じるものがあった。きっと、あの子は闇を消し去る力がある。
この世界に光をもたらす力があるのではないかと。

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