ちいさな一歩

広い広いとは思っていたけれど…。こんなに大人数が集まってもまだ余裕があるなんて、私の経験上、体育館を通り越してグラウンドだ。さすがは魔法の世界(正直その一言で何でも片付く)

今は新1年生の組み分けが行われていて、私は制服を身に着け、職員席であるマクゴナガル先生の隣に座っている。目立つことこの上ないのは誰しもが予想出来るだろう。一人一人の組み分けに歓声を上げながらも、職員席に座り、グリフィンドールの制服に身を包んだ少女の話も絶やさない。

「なぁ…あの子ってなんで職員席座ってんだ?」
「あんな子グリフィンドールにいた?」
「初めて見たと思うよ…東洋の人かな?綺麗だね…」
「なあに、ピーター、一目惚れ?」
「ち、ちがうよ!」

こんなに注目される事もそうそうない。慣れない緊張に目線は下がっていたが、私の好奇心は随分と図太い神経をしていたようだ。顔ぶれが気になり生徒席にふと目を向けた時、心臓が一際大きく動いた。

真っ黒な髪に、真っ黒な瞳。
高貴なオーラを発する間違いないイケメン。

ぼさぼさ頭に丸眼鏡、見覚えのある笑顔。
人当たりのよさそうな…でもきりっとした目で頭の切れそうな人。

身長は低め、少しぽっちゃり。
おどおどしたような、大人しそうで小柄な人。

赤茶色のストレートヘアー、緑の瞳。
アーモンド形の瞳は可愛くもあり美人。

そして、不思議そうな顔をしている4人の横で、
1人笑顔で私を見ているリーマス。

…―――本物だ。
間違いない、あの5人だ。

「…全員の組み分けは終わったな。では最後に、今年は皆に紹介したい人がおる」
「コウキ、ダンブルドアの横へ」
「は、はい…」

緊張のあまり声が震え、マクゴナガル先生に「緊張しなくていいのよ」なんて笑われてしまったけれど、つい数日前まで普通に一般人をやっていた身からすれば、無理難題である。既にいくつか無理難題を越えてはいるのだが。

「さあ、皆!日本から来たコウキじゃ。入院していた為、皆と同時期に入学することが出来なかったのじゃが…やっとその時が来た。歳は16じゃが、急な編入じゃからの、4年生として入学してもらった。寮はグリフィンドールじゃ!さ、自己紹介をしておくれ」

振り向いたダンブルドアが、私の背を押しウインクをする。頷き、軽く深呼吸をして震える手をぎゅっと握った。ひゅう、と喉が渇いた音を鳴らす。

「…コウキ・ユウシです。皆とは歳が違ったり、わからない事だらけですが、よろしくお願い致します!」

言い切り頭を下げる。あ、こっちって頭下げないんだっけ?急に頭を下げたからか、緊張がメータを振り切ったのか、かあ、と顔が熱くなっていく。ああ、もう、穴があったら入ってそのまま埋まっていたい。

そんな私の葛藤を聞き終えたかの様に、しんと静まりかえっていた空間に、ワァァと歓声が起こる。その盛大な音に圧倒され、私は思わず顔を上げ、後ろによろけた。ビリビリと鼓膜に振動を受けながらも、ダンブルドアに後押しされて、グリフィンドールの席へと歩いていく。

手前の方の生徒には、アーチなんか作られちゃったりして。私が一体何者なのか、私自身がわかっていないのに。この歓迎ムードに、天邪鬼な心が沈んでいきそうだった。心を巣食うこの感情は「不安」だ。誰か私を引っ張り上げて欲しい―――。

「コウキ!」

ぐん、と手が引かれ、バランスを崩した私はそのままイスに座り込んだ。庇う様に肩に手を回され、しっかりと着席する。

「大丈夫かい?」
「あ、リーマス…」
「ここまで辿り着けるか、心配だっ―――」
「やあ、同じ寮で嬉しいよ!僕、ジェームズっていうんだ。ジェームズ・ポッター!」
「私、リリーよ、リリー・エヴァンス!よろしくね!」
「あ、ぼ、僕、ピーター・ペティグリュー!」
「シリウス・ブラック、よろしくな」
「わ、あ、ええと、えっと」
「皆落ち着くんだ、コウキがついていけて無いじゃないか…」

目の前に揃った豪華キャストに、鼻血でも噴き出して卒倒しそうだ。助け舟を出してくれたリーマスにお礼をして、出来る限りの(緊張が酷い)笑顔でもう一度自己紹介をした。

「なんだい?君たち知り合いなの?」
「うん、ちょっとね。詳しい話は後でするから、まずはご飯を食べないかい?」
「そうだな、腹が減って死にそうだ…」

そう言い、シリウスがこんがり焼けた丸々チキンを頬張る。わ、本当にチキン好きなんだ。ナイフとフォークを使わずかぶりつく姿すら、格好いい。唇に付いた油を親指で拭き取り、お前も食えよ、日本食は無いけどな。なんて…本当に私の鼻孔の毛細血管が悲鳴を上げている。

「食欲はある?緊張しただろう」
「う、うん…もうあんな大舞台は御免かなと思っていた所…」
「だろうね、がっちがちに緊張してた」

笑いながらお皿にサラダをよそってくれるリーマスと、フルーツならお肌にもいいわよ、なんてウインクをかましてくれるリリー、そんなリリーにめろめろしているジェームズ、ちらちらと話し掛けるタイミングを見計らっているピーター。転校初日から暖かな環境に置いてくれた彼らと、ダンブルドアに感謝しなければ。

美男美女に囲まれ天国を味わっていたのだが、未だに四方八方から向けられる視線が実に痛い。これ、もしかして色んな意味でやばいんじゃない?なんて気付くのはまだまだ先だったりする。

ここじゃ落ち着いて話も出来ないだろう?というジェームズの提案で、一足先に夕食を終えた私達はグリフィンドール談話室へと足を向けた。大広間でいいだけご飯を食べたはずなのに、ここでもテーブルの上には色とりどりのお菓子が並んでいる。ああ、異国だ。色合いが。

「そんな事があったのなら、俺も先に学校来たかったぜ」
「でも、同じ特急にも乗りたかったね!今回は面白いものが見れたんだよ!」
「なに、また何かやらかしたの?」
「あいつ、俺らのコンパートメントの近くにいやがってよ…」
「もう、コウキの前でそんな話しないでよ!」
「あぁ、リリーすまない。スニベリーの話なんかした僕が悪かったよ!」
「そういう意味じゃないけど…」
「スニベリー…?セブルス・スネイプ?」

一瞬、その場に音が無くなった、気がした。

「コウキ、セブルスを知ってるの?」
「え、いや、その…」
「スニベリーに何かされたのか!?」
「あ、ちょ、待って、違う、違うの!そうじゃなくてね…」

折角リリーが話を逸らそうとしてくれたのだから、ふんふんセブルスの事ね、なんて頭の中で留めて置けばよかったのに。ああ何て言ったらいいのか。

「く、組み分け帽子がね、スリザリンに入ったらその人と仲良くなれるんじゃないかって、言ってた…の」

我ながら呆れるような誤魔化しだ。組み分け帽子とは、まあそれに近い会話をしていたから嘘では無いのだけれども。

「組み分け帽子が?」
「私、どこに入っても大丈夫って言われて、迷っていた時に色々な人の話を聞いたの」
「迷ったって、コウキはスリザリンでもよかったの?」
「あー…うーん、どうだろう?私は別にどこに入ってもよかったと思ってるよ」
「何!?お前、スリザリンがどんなところか…」
「うん、わかってるよ、多分。でも、私がスリザリンでも、みんなは仲良くしてくれた、でしょ?」

リーマス以外、ぽかんと表情を固める中、大いに後悔する私。でもリーマスが優しく微笑んでくれているから―――大丈夫かな、なんて自惚れてしまう。

「あははは!おっもしれー奴!」
「え、ええ?」
「さすがだ、ね。君は僕が目をつけただけあるよ!」
「ええ、その通りねコウキ」
「もちろん、君はどこの寮でも君だもんね」

出会ったばかりなのに、友達だと言ってくれる。私はこの人達に、この恩を返す事が出来るだろうか?

…そうだ、私は重大なことを忘れていた。

「ね、コウキはどうしてグリフィンドールにしたの?」
「どちらでもいと言われて、迷ってはいたんだけれど…結局組み分け帽子がグリフィンドールって叫んじゃったんだよね」
「迷ってたの?」
「その、セブルス・スネイプって人が気になって」
「スニベリーにだって!?やめとくんだコウキ、それだけは!」
「ジェームズの言うとおりだぜ。それに、お前にスリザリンは勿体ねぇよ」

世界が闇に飲まれる前に、

「そうかな?」
「あんなとこ陰気くさくて、カビ生えちまう!」
「あはは、そうかもね。」
「そうかもねってリーマス…セブルス・スネイプと仲良くなりたかったんだけどな」
「いいんじゃないかな?それはコウキの自由さ。面白い事になりそうだし…」
「リーマスそれは、どう捉えればいいの?」

闇に喰らわれる前に。私に出来る事が、あるかもしれない。
私がこの世界に来た理由は、そこにあるのかもしれない。






数日が経ち、少しずつここでの生活にも慣れ、一人で出歩く事も増えた。よくある「本来の目的」というものも定まらない今、ただぐうたらとホグワーツで過ごすのも勿体無いので、何故、どうやってこの世界に来たのかを調べる事にした。が、実際、前例の無い物など調べようが無いのも察している。

「よ、っと」

困った時の図書館。ダンブルドアが忙しく頼れない時と言えばここでしょう。全くの手探りという状態を脱する為、時空の歪みや、歪ませることの出来る人の文献を探す事にした。

予想通りとも、予想外とも言えるこの膨大な知識量の中、微かな情報さえも逃せない。メモを取りながら一つ一つ本を物色していた。ホグワーツでの学生生活はまだあるのだ、きっといつか切欠くらいには辿り着けるだろう。

「…邪魔だ」
「っ!」
「…」
「え、あ、ごめ―――…セブルス・スネイプ?」
「…何だ」
「あ…!あ、コウキ・ユウシっていうの、よろしくね!あー…グリフィンドール、だけど…」

合っていた目を逸らされ、一度足元を見遣ってからもう一度目が合う。一般的な相手を怪しむサインだ。そんな目で見ないで欲しいと言うのが本音だが…このチャンスを逃したくは無い。避ける気の無い私に気付いたのか、踵を返しこの場を去ろうとするセブルスを呼び止める。

「あ、待って!あの―――…」
「何を、探しているんだ」
「え?」
「…違うのなら、何だ」
「あ、ちょっと待って!あの…何て言うんだろう…時空を越えたり、とか…歪ませたりする魔法って聞いた事が?」
「ファンタジー小説をお探しか?」

はん、と鼻で笑われ言い澱むが、これが普通の反応だと思い返す。此れしきで心を折っている場合ではない。

「ファンタジーでも狂言でもいいの、その著者が本当なのだと言っているなら…」
「…その様な魔法はどう考えても禁忌だろう。それについての文献があるならば禁書欄が有力じゃないのか?」
「禁書…」
「僕がここで読んだ本には載っていなかった。考えられるとしたら、それだけだ」
「有難うセブルス!っと…Mrスネイプ…」
「別に、」
「セブルスって優しいんだね、本当に有難う!ああ、またセブルスって言っちゃった…いいや面倒くさい!それじゃ、お礼はまた今度!さようならセブルス!」
「なんだ、あいつは…」

両手でセブルスの手を取りぶんぶんと振る。眉間に寄せた皺が、まだ幼いセブルスの未来の顔を彷彿とさせた。いや、眉間に皺を寄せさせてしまった事を謝るべきか、と手を放すが呆れた様に溜息をつかれただけに終わった。今日の収穫は「禁書に無ければもう手掛かり無し」「セブルスは優しい」の二本立て。中々豊作だったのでは無いのだろうか。

禁書といえばダンブルドア。思い立ったら吉日。校長室を守るガーゴイル像の前に立った瞬間、まるで私が来る事がわかっていたかのように階段が現れた。わ、エスカレーター?勝手に動く階段に乗り、浮かんだ疑問が口に出される前に扉が開いた。

「そろそろ来るころじゃと思っての」
「ホグワーツで嘘は付けないって事ね」
「さて、どうしたいのかね?」
「…取り合えず、禁書が読みたいです」
「ふむ、異世界の事かの?ならば、こちらで力を貸そう」
「本当?よかった…!あと、私…普通に授業受けても大丈夫なレベルなの?」
「問題はないじゃろう。編入試験にも合格しておるし、授業に関して困ることは無いとみておる」

ダンブルドアの中で、私がやっていけると確信の持てる何かがあるのだろうか?そのゆったりとした口調と、懐かしむかのように細められた視線は私を奮い立たせるには十分だった。大丈夫、私はやれる。

「有難うございます!では、お邪魔しました」
「ああ、コウキ」
「はい?」
「何か…そうじゃの、自分に変化や何か違和感を覚えた時はすぐに言っておくれ」
「わかりました」

扉を越えてから呼び止められた為、もう一度口を開こうとした時には扉は硬く閉ざされていた。変化…ダンブルドアは既に、私に何か意味を見出しているのだろうか?それとも、信用では無く警戒?…どちらにせよ、私が闇に屈さ無ければ問題無いだろう。

「あれ、ここからグリフィンドール寮…どうやって戻るんだっけ…?」

私の道は、前途多難だ。

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