かえるのごきたく

「明後日から新学期…皆と会えるんだ」

図書館に籠り、何度も襲い来る吐き気(勉強は嫌いな方だ)にも負けず3年分の知識を植え付けた。
正直先日までの不安だとか、恐怖は心の隅に追いやられ、膨らんでくるのは期待ばかりだった。我ながらなんと現金な事か。

「私もホグワーツ特急乗りたかったなあ」

新学期を控えた先生達は忙しいようで、空いた時間を使って教鞭を取ってくれ、ダンブルドアも甘いお菓子と一緒に顔を出してくれた。詳しい話を聞いてみると、どうやら私が把握している内の”親世代”である事がわかった。偶然か必然か、彼らと同世代で編入する事も。

2日後にはあの愉快(であろう)なメンバーと共に学校生活を送るのだ。あと、どうでもいいけど羽ペン使いにくい。

「コウキ」
「ダンブルドア先生」
「やはりここにおったか」
「どうしました?」
「コウキを探しておってな」
「なんですか?面白いことでも?」
「君にしたら面白い事かものう…ちと紹介したい人がおっての」
「え?紹介?」
「ほれ、リーマス。編入生のコウキじゃ。」

……リーマス?

「こんにちは…コウキ?リーマス・ルーピンです」
「あ…」
「?」
「―――あああうええ!?」
「え…えーと?」
「ほっほ、気にするでないリーマス、緊張しておるのじゃろう」

ガタンと大きな音を鳴らしながら立ち上がり、その場でおろおろと狼狽える。状況がわかっているダンブルドアだけが楽しそうに喉を震わせている。いや、何のドッキリですか本当に!

「あ、ええと私はコウキ・ユウシ!よろしく…ル、ルーピン?」
「リーマスでいいよコウキ。よろしくね」
「リーマスよ、彼女は休暇中ここに缶詰だったからの。気晴らしに校内でも案内してやってくれんか?」
「わかりました。じゃ、行こうか?」
「わ、本当に!ありがとう!」
「楽しんでおいで」

私に向ける笑顔はとても楽し気だった。私の知っている鳶色の髪の毛、優しい目元、すらっとした体格で…そこに不釣合いな、痛々しい傷の付いた頬。あのリーマス・ルーピンがここにいる。

「本当に広いんだね、ホグワーツって…迷ったら帰れなさそう」
「大丈夫だよ。生活している内に覚えられるさ」
「だといいけれど。授業に遅刻する事だけは避けなきゃ」

頭が痛くなってくる、と溜息をこぼす私にリーマスは笑い、次々と道案内をしてくれた。

「そういえば、コウキって東洋人だよね?」
「うん、そうだよ」
「すごく綺麗な髪だね。さらさらだ」

リーマスが私の髪の毛を少しすくって指に絡ませた。私の中の時が止まり、緩やかに掌から零れ落ちていく自分の髪を視界の隅に置く。今、リーマスが、私の髪に触れている。確信を持った瞬間にびくりと体が跳ねた。驚きと羞恥と、もうとにかくその辺りの感情が爆発したのだ。顔は今まさに茹蛸のようになっているに違いない。

「リ、リーマス!」
「あ、ごめん、東洋の人ってスキンシップが少ないんだっけ」
「た、多分…(少なくとも会ったばっかりの人の髪の毛は触らない…と思う)」
「でも、本当に綺麗だよ。その瞳もね。小柄だから、同年代に見えないけど」
「ええ!?」

意地悪な笑みを見せ、ぽんぽんと私の頭を撫でる。わかっていて、やっているのなら…いや、わかってやっているのだろう。なんて事だ。早速いじられている。普段の私なら憤慨する所だが、相手はリーマス。分が悪すぎる。寧ろもっとやって下さい。

「そ、そう言えば、リーマスは何でもう学校に来ているの?」

ぶんぶんと頭を振り、邪な考えをふるい落す。ついでに話を逸らしてしまおうと思ったのだが、どう考えても地雷。踏んでしまってから気付く己を埋めてしまいたい。

「ああ、少し…事情があってね。ダンブルドアと準備しなくちゃいけないものがあったんだ」
「あー…ごめん、聞いちゃいけないことだったかな…」
「気にしないで、そんな深刻な話じゃないから…ごめんね」
「ううん、リーマスが謝る事じゃない」

きっと人狼の事だ。叫びの屋敷の準備をしていたのかもしれない。一瞬だけれど、辛そうな顔をさせてしまった事にただただ後悔の波が襲った。

「じゃあ、僕も聞いていいかな?」
「うん?」
「コウキは、どうして編入を?」
「私ね、体がちょっと病弱器質で…入院していたの。もう治ったから大丈夫なんだけど、魔法とはかけ離れた生活だったから、魔法やホグワーツの事なんて全然わからなくて」
「そうだったんだ…辛かったろう、治って本当に良かった」
「うん、ありがとう」

嘘を付いた事で心にチクリと棘が刺さったような気がした。でも、これはここで生活していくには仕方の無い事なのだ。そう言い聞かせるように小さく深呼吸をした。本当に私の知っている未来に辿り着くとは限らないけれど、決してプラスになる事ばかりでは無いのだ。

「実は僕も病気がちでね。今も月に何日かは医務室で休んでばかりなんだ」
「…ダンブルドアや、皆の傍だったら大丈夫だよ、リーマス」
「…ありがとう」

一瞬驚いた顔をしていたけど、嬉しそうににっこりと笑顔を見せてくれた。皆がリーマスの事を守ってくれて、リーマスも次の世代を守っていく。彼の人生が絶望ばかりでは無いのだと、知って欲しかった。

「なんだかしんみりしてしまったね」
「ううん、それより学校に来て早々付き合ってもらって…ごめんね」
「そんな事。寧ろ、こうやって特別に君と友達になれたんだ、嬉しいよ」
「ありがとう、リーマス。あと…これから、よろしくね」
「こちらこそ、よろしく」

二人分の笑い声が廊下に響く。この日は沢山の時間を使って、リーマスと誰もいない広い学校をゆっくり歩いた。様々な話をする中、時折リーマスは辛そうな表情を見せる。それはよく見ていないと気付かない程細やかな瞬間ではあったけれど。
いつかリーマスの口から人狼の事を、いつか私の口から本当の自分の事を話せる日が来ることを心から願った。



「はあ…おわった!」
「よし、間に合ってよかった」

残り5時間と迫っていた宿題攻略が、リーマスの手伝いを介して何とか終える事ができた。基本的な知識を無理やり詰め込んでいたため、応用のある宿題は以外と難航したのだ。神様仏様、リーマス様。神は私を見捨てなかった!

「もう間に合わないかと思った…本当にありがとう、リーマス」
「いいえ、役に立てて嬉しいよ」
「これ、さっきダンブルドアに貰ったの。食べない?」

紙袋から取り出した蛙チョコを両手で覆いながら口に運ぶ。初日に貰った時は完全に逃げられたけど、慣れたものだ。しかし…どう考えても蛙の踊り食いですありがとうございました。

「僕も小腹が空いたとこだったんだ。それにしても―――君ってすごいと思うよ」
「え、どうして?」

新発売と書いてあったチョコレートの包み紙を剥がしながら、幸せそうな顔でリーマスが言う。本当にチョコレート好きなんだ、見ているこっちが嬉しくなってしまう。

「たった10日間で3年分、でしょう?普通じゃ考えられないよ。まあ、レイブンクロー辺りには、そういう人もいるって聞くけれど」
「あー…うん、まあ…でも、こんなに勉強したのは生まれて初めてよ。きっと今後こんなにやることなんて無い…と、願いたい」
「確かにね」
「ほら、何だ、ゲームの初回プレイ時は説明書を暗記するくらい読むタイプっていうか…」

それは勉強家だね、なんてよくわからないコメントを残しつつ、リーマスが頭を優しく撫でてきた。

「っ!」
「あ、ごめん。思わず」
「い、いや、今のはそれほどでもないけど…!」

だってあのリーマスに、私の頭を撫でられるだなんて、興奮しきって押し倒しかねない話だ。今ここにいるリーマスと、私の知っているリーマスは別人かもしれない。でも、私の中でリーマスは特別な存在なのだ。一番、好きな人だったのだから。

「それなら、僕の友達にはちゃんと言っておかないとね」
「友達?」
「ジェームズ・ポッターとシリウス・ブラックっていうんだけど、この二人には特に気をつけた方がいい」

ふふ、と笑みを漏らしながらジェームズ達の話をするリーマスは本当に幸せそうだ。彼が居場所を見つけ、そこで育んでゆく世界で…私は何か力になれるだろうか?この友情が永遠に続くように、悲しみを乗り越えられるように。

「他にもね、ピーター・ペティグリューとリリー・エヴァンスって子もいるんだ。リリーはジェームズの恋人でね、仲睦まじいんだ」
「そっか、よかった…」
「え?」

口に出してるつもりは無かったけど、すぐ横にいるリーマスにはしっかり聞こえてしまったようで。慌てて手を振り、あーだのうーだの唸る。

「…こんな事言うのも、何だけど…リーマスが幸せそうでよかったなって!」
「そう?」
「友達の話しているときのリーマス、凄く嬉しそう」
「うん…僕は本当にいい友達を持ったと思っているよ。それに、コウキともこうやって仲良くなれたんだ、幸せに決まってる」
「ふふ…私も幸せだな。はやく、リーマスの友達にも会いたい」
「みんなが来るのももう少しだね」

時計は間もなく生徒達が到着する時間を示していた。あと少しで、あの賑やかなホグワーツを見る事が出来るのだ。

「コウキ、リーマス」
「あ、ダンブルドア」
「もうそろそろ皆が到着する時間じゃ。リーマスは玄関の方でみんなと合流してくれるかの。コウキは新入生と共に紹介する事になる、私と一緒に来ておくれ」
「それじゃあコウキ、また後でね」

手を振りリーマスを見送った所で、ダンブルドアが私の頭を優しく撫でる。リーマスとはまた違い、ゆったりとした動きに緊張していた心が解れるのを感じる。

「心配しなくとも、ホグワーツでやっていけそうじゃな」
「うん、きっと大丈夫。ジェームズ達とも仲良くなれるといいな…あと、セブルス・スネイプとも」
「ほっほ…コウキならば大丈夫じゃろう。彼らとも直ぐに仲良くなれる」

あのホグワーツでの生活が、本当にスタートする。

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