わたしのなまえは

毎日同じ事の繰り返しの日常に飽きていた。
それなりに友達はいて、普通に暮らしている。
子供なりに人生を語る事だってある。

うんうん、よくある話だ。
だが今はそんな自分を叱咤したい。

過去の自分はごく一般的で、有触れた生活をしていたはずだ。広がる大自然に唖然とするのも、まあ日本では珍しくは無いだろう。つい先刻まで、いや、一瞬前まで排気に包まれた都会にいた事を除けば。

激しいクラクションと急ブレーキ音、追い打ちをかけるように頭に響いた鈍い音。「あ、轢かれるかも」そう思った時には目を瞑っていて、続くはずの衝撃に身を固めていた、が。しんと静まり返った空気に恐る恐る瞼を持ち上げればこの有様。

「どちら様かね?」
「ひっ!」

背後から凛とした声が届き、色気もへったくれも無い声を上げる。振り返ると、白髪の老人がこちらを覗き込む様に見据えていた。

ええと…外国の方だよね?日本人じゃないよね?どこか見た事のある風貌なのはこの際一旦置いておいた方が良いだろう。

「東洋人かな?言葉はわかるだろうか」
「あ、わ、わかります…大丈夫です」
「ここにはどうやって?」
「え…と、ここは、どこですか?」

ふむ、と眼鏡の上から真っ直ぐ私を見据えるこの人は。まさか。

「ホグワーツじゃよ」
「うそでしょ」

いやいやさっきまで日本にいましたし。
ホグワーツって日本にあったんですか?首都に?
夢物語以外の何物でもない状況に動揺を隠し切れない。両手で頭を抱え、直前の状況を思い出そうとする。

「私は、ええと、学校帰りに、本屋に寄って、暗くなり始めた大通りを歩いていて、そこは勿論日本で、それで、交通事故に…死んだ?天国?ホグワーツって天国だったの?そんな恐ろしい裏話?」
「ここは間違いなく現世に存在する学校、簡単に言うとイギリスじゃ」
「いぎ…イギリス?」

唐突に突き付けられた信じられない言葉に、私は腰を抜かしへなへなと座り込む。相変わらず一人で納得した様にふむ、とこぼし、ダンブルドア(ぽい人)は私の頭を軽く撫でた。

「本当にここは…ホグワーツで…私は生きていて、イギリスに実在しているんですか…」
「そうなるのではないかの?」
「と…トリップ?」

私のバイブル、携帯小説あるあるネタの…異世界トリップというやつか。それとも、このご老人がコスプレイヤー(神クオリティ)で、大自然の向こう側に見えるあのお城は張りぼてで…笑えない。これは笑えない状況に陥っている。

「名前を聞いても?」
「コウキ…」
「ではコウキ、ここに居る事は身に覚えが無いと?」
「無いです、本当にさっきまでいつもと変わらない道を歩いていて…」
「では、中に入ってゆっくり話をせんかな?君の事をもう少し聞きたい」
「は、い」
「私の名前はダンブルドア」

気の遠くなりそうな話だった。コスプレでも幻想でもなく、ここは確かに私の知っているあのホグワーツなのだろう。と、仮定するしかない。本の中の、想像の世界だったはずのあの世界が、今私の目の前に広がっている。

校長室に通され、ソファに腰掛けぽつりぽつりと状況を話始めた。
私の世界では、この世界は児童書として広く親しまれていて、多くの人が知っているフィクションの世界である事。その本を読んでいる私はある程度の知識を持っていること、ここに来るまでの私の事を話した。…一応、本のタイトルは言わないでおいたけれど。

「…世の中には不可思議な事があるもんじゃ」
「いや私にしたら魔法の存在が十分不可思議ですけど」
「君はもう既に魔法を使っているではないか」
「え?」
「君は今、どの言語で話しておるかな?」
「え、日本語、ですけど…ダンブルドアも、日本語で」
「いいや、違う。君の言葉ははっきりと英語で発音されておる」
「ええ!?」
「これも立派な魔法じゃ。さて…皆に説明でもするとしようか」



難しい事はよくわからないが、魔法の素質があるのならばこのままホグワーツに転入しないかね?というダンブルドアの言葉に甘える事にした。我乍ら安易だとは思うが他に充てがが無い。ホグワーツにいた方が、元の世界に変える方法が見付かりそうだ。

いつまでも解決に至らない話し合いの末、今この時は私が生きていた時代では無い事がわかった。
ここは数十年前の世界だったのだ。更にイギリス。異世界。この世界の日本では私の帰る所はどこにも無い。と、仮定しよう。

「と、いうことでな…ホグワーツに入学させることに異議はあるかの?」

今学校にいる教授が数名校長室に集まって(あの人はマクゴナガル先生だ)、私をどう扱うか話し合いが行われている。
居心地の悪さに始終頭を垂れている私の肩を、ダンブルドアは優しく支えてくれた。歓迎されていないのはわかるが、私も正直どうしていいかわからないのだ、そんな目で見ないでくれと思ってしまう。

「ダンブルドアが決める事に異論はございませんが…」
「彼女が闇の陣営のスパイである可能性は無いのかね」

まあそうなりますよね。
闇の陣営が活発化している今、そういった不安要素を自ら内部に忍び込ませる訳にはいかないだろう。
かといってここを追い出されたら、私はどうなってしまうのか。

「組み分け帽子が選んだ寮に一人部屋を用意しよう。休暇中は漏れ鍋に部屋を置いてもよい。何せここでの勝手がわからないのじゃ、安全な場所で生活出来る事が必須であろう。」

安全。そこには私の身の安全と、私が影響する周囲への安全とが含まれているのだろう。

「さて、異論はないようじゃの…ではまず寮の組み分けをしよう」
「あ、はい…」

何も知らない私を、逆に知っている私を利用しようという輩に見つからないように、この世界に来てしまった経緯を口外してはいけないと約束をした。

私は幼少の頃から病気がちで、故郷を離れ海外生活は出来ないと判断されていたが、手術が上手くいった為、晴れて編入という形でホクワーツに入学する事が出来た。簡単に言うとこんなシナリオだ。

「さ、コウキ。この帽子を被るんじゃ」
「はい」

本当に大丈夫だろうか?私はどこかの寮に属する事が出来るのだろうか?そんな不安を掻き消すように帽子が語り掛けてきた。

『…さーて、どこの寮がお好みかな?』
「ええと…どこでも、いいんですが…」
『ふむ…お前さんはどの寮にも適している…いや、どこの寮にも適していないとも言えるの』
「え!それは…」
『言うなればスリザリン…いや、自ら道を切り開いていく力ではまた然り…』
「え、ちょっと待ってそれはどういう、」
『よし、決まったぞ。お前さんの寮は―――』


―――


「樫の木、心材はユニコーンの毛、25センチ。万物の夢に与えられし力を」

そう言われた杖を繁々と見つめる。私がこの杖を振って、魔法を操るだなんて。いつか夢見た理想の世界に、今私は立っているのだ。

杖を手にした時、オリバンダーさんは羽織っていたローブと杖を交互に見遣り、「スリザリン向けの杖だ」と呟いた。

急遽準備してもらった部屋に荷物を詰め込み、ベッドに腰掛ける。慣れないレンガ調の部屋を見渡し、頬を抓ってみた。痛い。

「ここが、ホグワーツ…私があの場所にいるんだ」

10日後に休みが終わり、新学期が始まる。
新学期までに3年間分の勉強を頭に叩き込む事になった訳だが、可能なのかもう一度ダンブルドアを問いただしたい。教科書捲り、溜息を付く。やるしかない、やるしかないのだ。夢に見たこの場所にいるんだ、絶対にやってやる。

気合いを入れ、壁に掛けた寮を象徴するローブを見上げた。

"―――グリフィンドール!!"

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