さようならは言わないで

必死にホグワーツ城内を走る。焦りで足が覚束ない。はやく、はやく。私の足はこんなに遅かっただろうか?息ばかりが上がり、喉が渇いた音を鳴らす。
12月の満月を迎え、全てを明かそうと決心したその時だった。シリウスがセブルスを、禁じられた森に呼び寄せたのだ。

「…今、なんて?」
「ずっとあいつはリーマスの秘密を嗅ぎ回っていた。だから、リーマスの秘密を教えてやる、今日の夜森に行けって言ったんだ」
「シリウス…君はよくもそんな事を…!リーマスがどんな思いをするか考えたのか!?…僕はスネイプを助けに行く」

そこで会話は途切れ、シリウスは男子寮へ、ジェームズと私は外へと走り出した。ジェームズは私が居なくてもセブルスを助けてくれるはずだ。だけど、ここでほおって置ける程私は気が長くは無い。

「っ…!あ、はあっ…はっ…」
「コウキ!?」
「はっ、は、さき、先に、っ!」
「わかった、必ず僕が助け出す」

心臓が大きく鼓動を打ち、膝から崩れ落ちた。脳裏にリドルとヴォルデモートが浮かぶ。私の内側から、何か、沸きあがって来る。こんな時に、どうして。リーマスにそんな事をさせるわけにはいかない。セブルスが人狼になったリーマスに会うよりも先に、リーマスかセブルスを見つけなければいけないのに。震える膝を叱咤し、走り出す。もう無我夢中だった。

「―――!」

そう遠くは無い場所で誰かの…いや、セブルスの声と、獣の遠吠えが聞こえた。吹き出す汗を拭い、少し走った先に人狼と向き合うセブルス、そしてその先に駆け付けたジェームズが見えた。ジェームズは人間の姿のままセブルスを背に庇っている上何か口論している。このままでは、二人とも危険だ。

―――私なら、大丈夫。

「…コウキ!」

二つの声が重なって私の耳に届くとき、私はリーマスと向き合っていた。ジェームズと、セブルスの盾になるように。

「…私は大丈夫だから、はやく逃げて」
「おい…!」
「ジェームズありがとう。よろしくね」
「っ…行くよスネイプ、はやく!」
「コウキ!」
「セブルス、グリフィンドールの私に優しくしてくれて有難う」
「ふざけるな!コウキ、何を…!」

ジェームズがセブルスを引き摺りながら走り去るのを音で確認しながら、リーマスを見つめる。人狼になったリーマスは一度もジェームズ達を目で追う事は無く、私を見据えていた。

「…リーマス…」

一歩ずつ、ゆっくりとリーマスに近付く。もう後戻りは出来ない。沢山伝えたい事があったのに、知って欲しい事、知りたい事があったのに。時間が…無い。

「ごめんね、リーマス。私、普通の人間じゃないんだ…ずっと黙っていて、ごめんね」

開いたままの瞳から涙が零れ落ち、はたはたと地面を濡らしていく。リーマスが私を襲わない理由はただ一つ。人間では無いからだ。自我を持っていなくても、私は襲うべき対象では無い。
先日のような高熱を帯び、少しずつ体の自由を失っていくのを感じる。私は、何も…何も出来なかった。悲しみに打ちひしがれ、目を閉じたその瞬間、優しく暖かな腕に抱きしめられた。

「…君は…何者なんだい?」
「ヴォルデモートに作られた、人形…」

月明かりが大きな雲に隠れ、光を見失った人狼は人間に戻っていた。いつものリーマスの腕だ。ずっとこのままここに居たい、叶わない願いだと思えば思う程その気持ちは強くなってしまう。

「それは、どういう意味?」

優しく頭を撫でられ、そのままリーマスの胸に深く押し付けられる。聞きたいけれど、それを聞いてしまったら何かが終わってしまう。そんな不安が私達の間に流れていた。リーマスの質問に、私は正しく答える事は出来ない。ふるふると頭を左右に振ってから、言葉を零す。

「確実に言える事は、私はこの世界の人間じゃない。ずっと未来の世界から来たの」
「未来の世界…?」
「魔法の無い世界で…何の脈絡も無く、気付いたらこの世界にいたの。ここでの生活は凄く楽しかった。でも段々、夢の中で私が何なのかを知っていった。この体はヴォルデモートの魔法で作られた人形だと。魂は私自身だけれど、それもいつヴォルデモートに侵されるかわからない…」
「コウキ、駄目だ」

苦しい程に抱き合う私達は、どうしてこの運命を辿らないといけなかったのだろう。今感じているその苦しさは、私が生きている事を実感出来た。この心の痛みは、私の物だ。

「ヴォルデモートになんか渡さない…!君は君だ。例え体が違っていても、姿形が違っても変わらない。この世界の人間じゃなくても…僕の心の中にいる君は、君だから。僕は、コウキが…」
「…リーマスは、私の魔力が欲しい、よね」
「な、んで」
「リーマスは私の力が欲しいんだよ。私の力は人を引き寄せる力がある。人の信用、信頼を得る為に、そう作られたから、」
「それは違うコウキ。切っ掛けは何であっても、僕の気持ちや、ジェームズ達の気持ちは嘘でも作られた物でも無い!」
「リーマス、でも…」
「コウキ、君は君なんだ、他の何者でもない。例えヴォルデモートに作られた体だとしても、この感情は、誰かに作れるものじゃないんだ」

リーマスの胸を涙が濡らしていく。こんな素性も知れない私を彼等は想ってくれている。私がここで生きた事、作ってきた思い出、残してきた想い。それは彼等の心に何かを生む事が出来るだろうか?私が存在した意味を、残す事が出来ただろうか?

「私は、いつかみんなを裏切るかもしれない!」
「いいよ、それでも構わない。闇の人間であろうとも、僕は君が好きなんだ。必ず取り返して見せる。その気持ちだけは変わらない…」


雲隠れしていた月が少しずつ光を覗かせ始めた時、私は目を閉じた。閉じたかった訳では無い。ついに、体が、言う事を聞かなくなった。下肢からどんどん体が透けて行く。少しでも私が力になれるようにと、リーマスに力を移す。それに気付いたリーマスが悲痛な表情を見せるが、もう私に出来る事はこれしかない。

人に好いて貰える事が、人を好きになる事が、こんなにも暖かくて、こんなにも苦しいものだったなんて。

―――靄が私達を包み込んだ時、私はその場から消滅した。

最後に発した言葉は、聞き取って貰えたかわからない。だが、これが私に出来る最後の抵抗だった。

「私も、大好き…」

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