うんめいのひ

リーマスから逃げてしまった翌日、私は早朝からグリフィンドール寮を抜け校長室へと向かっていた。目的は一つ、新たな力を身に着ける為だ。ガーゴイルの前に立てば、相変わらず顔パスよろしく階段が現れる。

「おはよう、コウキ」
「おはようございます、お休みの日に朝早くからごめんなさい」
「構わぬよ。どうしたかな?」
「姿現しを習いたいの」
「ふむ、事は急ぎかな?」

魔法界で言う成人の17歳にはなった。難易度の高い術である事も認識している。だが、出来るという自信があった。人とは違う力を持っている上に、この体は”普通”では無いのだ。

「どこへ、どうしても、どういう意図でと言う確固たる物を強く意識する必要がある」
「どこへ、どうしても、どういう意図で…」
「コウキには余計な事を言わない方がよいじゃろう。さて、ホグワーツ城内では姿現しが効かない事は知っているかな?場所を変えよう。私に掴まるのじゃ」

ダンブルドアに捕まり、ウインクをされた瞬間。ポンという小気味いい音と共にホグズミードの屋敷に着いた。外は朝焼けが眩しいはずなのに薄暗いここは、リーマスが満月の夜に過ごしている場所だろう。

「さて、コウキ。無言呪文はわかるかな?」
「はい、やった事は無いけれど…」

そう言いながら、崩れて木くずになったイスに向けレパロを唱えるつもりで杖を振る。すると杖の先から光が放たれ、木くずは正しい姿を取り戻した。お、おお…出来た。思わず立ち上がったイスをしげしげと見つめる。

「それが出来れば意識に関しては問題ないじゃろう。では、その窓の向こうへ出てみるのじゃ」
「え、い、いきなり?」
「余計な事は考えずに、あの場所に移動する事だけを考えるのじゃ」
「やってみる…」

窓の外の風景を思い浮かべ、その場に私が移動している瞬間を想像する。足場が掬われる感覚と共に体がバラバラになるような、細胞まで分裂したような不思議な感覚を覚える。確かに体の感覚が戻ってきたとの実感が沸いた時、ゆっくりと目を開けた。

「…あ、」

そこは建物の外で、窓からはダンブルドアが私を覗いている。成功、したのだろうか?

「ではこちらに戻ってくるのだ。油断は禁物じゃよ」

しっかりと頷き、もう一度移動する事を強く意識する。次は不快感も無く室内へと戻ってくる事が出来た。距離を変え何度か練習した頃には、陽も頂点に達していた。何だか、細胞分裂したような不思議な感覚に違和感を覚えている。このまま私をもう一人作れそうだった。私が傀儡だからだろうか?

「この術は移動する場所が遠くなる程難易度が上がる。中途半端に力を使ってしまう事で体がバラバラになった前例もある。決して気を抜いてはいかんぞ」
「何となく、実感してる…。心して使います」
「合格証については私が提出しておこう。ではホグワーツに帰ろうかの」

ホグワーツに唯一姿現しできるダンブルドアに掴まり、付き添い姿現しで校長室へと戻った。少し疲れてしまったのでそのまま校長室に居座り、ソファでサンドウィッチと紅茶を頂いた。

「私の事…少し、見当が付いていたり、する?」
「ふむ。そうじゃの…」

紅茶を一口飲み、ダンブルドアは手を顔の前で組んだ。その青い瞳は私の心を探るように真っ直ぐと向けられる。心が少し、ざわついた。

「…自分が、悪しき者だと思うかね?」
「何が悪で何が正義かはわからないけれど、闇の陣営側には絶対味方しない」
「コウキが何であれ、大切な教え子であり愛すべき存在じゃ。どんな運命を持っていようとも」
「私の、運命…」

この世界で生きる皆の運命ばかり気に掛けていたが、この世界にいる私の運命とは何なのだろうか?ヴォルデモートに見出された存在だったとしても、何か出来るかもしれないと動いて来た自分。

「自分の力が恐ろしいかね?」
「恐ろしくないと言えば、嘘になる。でも…逆に利用してしまえばいい。その為には、その力を抑えるだけの心と、力が必要になるから。まだ、足りない…」
「急ぎ過ぎては自分を見失ってしまう。自然の摂理には逆らえない事もあるのじゃ。縛られてはいかん」

ダンブルドアは決して私の行く道を縛る言い方はしなかった。何が起こってもそれは逃れられない運命で、私のせいでは無いと、そう言われた気がした。
ダンブルドアに目を見つめられた時にざわついた心。それは、私の中にリドルがいるからだったのだろうか?だとしたら…きっと、ダンブルドアも私の中にいる”何か”に気付いたはずだ。

「っ!」
「わ、あ」

考えを巡らせながら廊下を歩いていると、曲がり角で人とぶつかってしまった。崩したバランスを留めてくれたのは背の高いスリザリン生の―――

「レギュラス!」
「君か」
「ああ、ごめんなさい。余所見をしていて」

それじゃあ、と横を通り抜けようとした時。腕を掴まれ足を止めた。訝し気な顔を向けると、レギュラスは私の両肩を掴み引き寄せ、顔を覗き込んできた。

「っ…!?」
「君、本当に人間?」
「は…?」

どんどん顔を寄せてくるレギュラスに背中がのけぞる。強い力で肩を抑えられている為、後退りも出来ない。

「その力があれば、簡単に闇の陣営に着ける」
「私は、そっち側には行かない」
「どうして?君の中には闇がある。違うか?」
「ち、ちが…」
「君は、あの方の為に生まれた」
「違う!」

カッとなり腕を振り払う。肩で荒い呼吸をしている私は、図星を突かれたと体現しているようではないか。違う、違う…頭の中で何度振り払ってもレギュラスの声が離れない。

「なら、その紅く染まる目は…なんだ?」
「な、に…?」

窓にうっすらと映る自分の目が、紅い。気が遠くなる感覚を覚える。私は、もう…飲まれ、て…―――

―――決して忘れないで
   貴方の心には、
   “ ”が、ある

「っは、はあ…!」
「起きたかい?」
「ここは…」
「近くにあった空き教室だよ。目は…元に戻ったみたいだね」

使われていない部屋なのか、薄暗く埃っぽい。レギュラスは机の上に座り、重ねられたクッションの上に寝転がっていた私を見下ろしている。目を軽く擦り、呼吸を整えレギュラスに向かい合う。

「レギュラス、貴方がヴォルデモートに向ける気持ちを、ヴォルデモートは返してくれるの?」
「なに?」
「貴方が陶酔するのも、わからなくは無い。大きな力を持つ者はそれだけ人を引き寄せる。でも、貴方の大切な物を、ヴォルデモートが奪ったとしても…許せるの?」
「…」

人は愚かな生き物だから、失って初めて気付く事の方が多い。だけど、仲間がいれば、心が繋がっていれば、前へ進んで行けると私は思う。その仲間すら失ってしまったら?信じられなくなってしまったら?

「レギュラス、信じる者を見失わないで」
「…コウキ、君は」
「レギュラス!!」

激しい破裂音と共に閃光が目の前を走った。閃光はレギュラスに当たったように見えたが、埃が舞い咳き込んだ所為で目前がよく確認出来ない。教室内に入ってきた人物に腕を引かれ、その場を後にした。

「ジェームズ?」
「大丈夫かい?君がレギュラスに運ばれているのを見たって奴がいて、探していたんだ」
「大丈夫、私が貧血を起こしてしまって、助けてくれたの」
「それなら、医務室にまで運ぶべきだったんだ。こんな時間まで、リリーも君を探して…」
「こんな時間?」

辺りを見回せば、もう外は暗く夜を迎えていた。校長室を出たのは昼過ぎだったはずなのに。そんなに長く気を失っていたのか。あの時見た夢は白く暖かい不思議な夢だった。懐かしささえ覚える不思議な夢―――

「さあグリフィンドール塔へ戻ろう。みんなも心配している」
「ごめんなさい、ジェームズ」

道中、如何にレギュラスやセブルスは危ない奴か、闇に属する者が悪影響を及ぼすかを口酸っぱく叱られた。君の友好関係を否定する訳では無いけれど、君に危険を及ぼす可能性が無いとは言い切れないだろう?というジェームズの言葉は、私を心配してくれている証だ。もしまた一人で出歩いたりする時はしっかり皆に伝えようと心に誓った。そして…私の事を、伝えよう。私は弱い。黙っていては、その弱い心に負けてしまう。

「ジェームズ!コウキ!ああ、無事だったのね。良かったわ…っ、違うの!大変なの!」

グリフィンドール塔の談話室に入った瞬間、泣きそうな顔でリリーが飛びついて来た。最初は私を見て安堵の表情を見せたが、直ぐにまた泣きそうな表情で私達に訴え掛ける。

「セブルスが!リーマスが!」
「な、んだって…?」

リリーが呼吸を落ち着かせて放った言葉は、私の頭の中を真っ白にさせた。

「セブルスが!禁じられた森に!」

―――今日は、満月だ。


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