しがらみを抜けて

リリーが真っ青な顔をして談話室に降りて来た時は驚いた。そして、その背中にリリーとは対照的に真っ赤な顔で苦しそうにしている彼女が見えた瞬間、僕の心臓は止まってしまうかと思った。

とにかく医務室に連れて行かなければと抱きかかえた時、ふと不自然なシャツが目に入った。故意にそこにある様に感じたそれは、彼女の何かを隠しているように見えた。真実を見る気は無かった。見てはいけないと思った。だが、僕の気持ちとは反対に振動で肌蹴た先には、あるはずの腕が無かった。

抱いたコウキの腕に不自然に巻かれたシャツ。そこから覗くはずの腕が無いなんて。いや、触れる事は可能であったのだから、存在はしていた。見えなくなっていたのだ。

シリウスやピーターには見えないように抱え、ベッドに寝かせた時には元に戻っていた。勉強熱心な彼女がそんな魔法を覚え、その影響でこうなっているのかもしれない。その可能性は非常に高い、だが…違うと、僕の直感が告げた。

一体、彼女は?

何か…僕達や、リリーにも話していない事があるのだろう。事実、僕達はホグワーツに来るまでのコウキの過去や、家庭の話は全くと言って良い程聞いたことが無い。入学した時に受けた説明のみで、それ以外、僕は彼女の事を知らないのだ。

不調は何度もあった。その度に、彼女は何かを知り、何かを背負っていくように見えた。しかし、彼女はいつも笑顔で心配するなと言うのだ。行きつく先は、いつでも夢―――…

一体、彼女は一体何者なのか?

そんな事、考えたくも無いけれど…きっとジェームズは同じ事を考えている。僕はどうしたらいい?満月の日にあれ程何かが足りないと、人間の血肉以上に、何かが足りないと思ったのは初めてだった。彼女が僕の前に現れてから、僕は更に自分を恐れるようになった。

人間の僕も、獣と化した僕も、彼女を求めている。この気持ちは?まさか。

医務室からの帰り際、足を止めて窓の外を見るコウキの視線の先には、月があった。月の光に照らされる彼女は近寄り難い雰囲気を持っていて、美しく、儚い存在だと思った。

―――もう少しで満月だなって。

その言葉に驚いた。勤勉な彼女には当たり前の事だったのかもしれないけれど、満月があと数日と迫る月を見分けられる人は、そう当たり前に居る訳ではない。月の周期を理解して、観察している人でなければ―――
もし、もしそうだとしたら。彼女は僕が人狼だと事を知っているのかもしれない。そうだとしたら、何故何も言わない?僕が怖いとは思わないのか、それとも、やはり僕の思い違いなのか。

「リーマス?」
「…っ」

月を見ていたコウキが僕を見た瞬間、心臓が大きく跳ねた。何かに心臓を掴まれる感覚、息が出来ない。その場に膝を付き、近付く彼女に静止するよう言うが、あの場で僕の言葉を聞いてくれるような人ではない、それはわかっていた。

僕の中の狼が、彼女の血肉…いや、違う。―――力。そう、力が欲しいと叫んでいる。言い合いをしているうちに、彼女の体から白い靄のような…魔力、が溢れ出ていた。

“僕はそれが欲しい”

望むままに、体内流れ込んでくる。暖かく、不安や悲しみを拭うその力は、確実に僕の中に宿った。欲望が満たされ、余裕が出来た時、目に入ったのは深紅に染まったコウキの瞳だった。まるで…嫌と言うほど聞かされたヴォルデモート卿のように紅い瞳。

「―――――…!!」

上手く聞き取れなかった彼女の声は、僕の頭に浮かぶ人を呼んでいたように聞こえた。コウキは、闇の…?

まるで一瞬の出来事。そして、彼女はまた苦しそうに偽りの言葉を吐く。そんな顔をしていたら、嘘を付いていると言っているような物なのに。

「コウキ」


抑える事は出来なくなっていた。冷静では無かった。彼女の力を吸い尽くしてしまう前に、僕が彼女を朱に染めてしまう前に、知っていて欲しいと。
だが、それは叶わなかった。僕は、拒絶された?いや、そうは見えなかった。まるで真実を聞くのが怖いとでもいうように。君は、やはり僕の正体を知っているんだね。

もう、我慢は出来ないんだ、楽になりたい。そう思うのは罪だろうか?僕は、もっと彼女を知りたい。人間の僕は、コウキを心から好きなんだ、離したくなんか無い。人狼だけれど、幸せにしてあげる事は出来ないかもしれないけれど。…それでも、僕は君がいないと本当に、生きていけないと思えた。

大きな罪を犯しながら…僕は生きていくのだ。

「ジェームズ」
「ん?リーマス、ここにいたのかい」
「僕、コウキに言おうと思うんだ。彼女はきっと気付いている」
「そうか…ああ、いい考えだと思うよ」
「僕達の間には、秘密を持っているという事を共有し、お互いにその領域に踏み込まないという暗黙のルールが出来ている。だから、彼女には負担になってしまうかもしれない」
「…コウキは、本当はそれを分け合いたいと思っているんじゃないかい?」
「分け合い…?」
「誰だって秘密は重荷だ。隠している事が重圧になる。君や、きっと彼女の荷物も重い。それを半分ずつ分け合う事が出来たのなら、きっとその荷はただの重荷では無くなる」
「彼女の秘密と、僕の秘密。それは、相反する物なんじゃないかと思うんだ」

眠れず一人談話室のソファで座っていると、狙ったかのように男子寮から眠たげなジェームズが降りてきた。向かい側のソファに座り、僕の言葉に耳を傾けてくれる。

「心当たりが?満月の日に、彼女の存在を感じる事?」
「…僕は、彼女を傷つける事しか出来ない」
「そんな事はないさ。コウキはいつだって君を想ってる。しかも賢い。最善の方法を引っ張り出してくるに違いない」
「違うんだ…僕が、彼女の存在を、消してしまうかもしれない。彼女の力を、僕が奪ってしまうかもしれないんだ」

そこでジェームズはううんと唸った。あくまで想定の話だが、彼女をここに留めている力こそ、魔法の力でないかというのがジェームズの憶測だ。彼女の頭脳、能力は成人魔法使いをも凌ぐのでは無いかと僕達も思っている。それを持て余しているだけで。

「彼女の力が欲しいと、感じる?」
「ああ、そうなんだと思う」

今日見た彼女の体、靄、瞳。普通の人間のように、身体の成長という概念だけでは到底語られない物だ。何か、不変的なもの。一番に思い付くのは魔力。それが彼女を存在させている力なのではないかと考えている自分がいる。度々儚く見えるのは、そのせいなのかもしれない。

「だけど、リーマス。君はそれでいいのか?」
「え?」
「共依存、互いに蝕み合う存在かもしれない。だから離れてしまうのかい?他の誰かに、彼女が奪われてしまっても、諦めがつくのか?」
「…それは」

例え僕が彼女の生を奪っても。彼女が僕の一生を終わらせたとしても。一時でも、彼女の温もりを感じる事が出来るのならば。

「やらない後悔より、やった後悔だ。それに、決めるのは君だけじゃない。向き合って初めてわかる事だってあるんじゃないのかい?」
「そうだね…その通りだ」

失う事を恐れていては何も始まらない。ここで止まっている内に、もっと大切な物を失ってしまうかもしれないのだ。

「コウキと話してみるよ」
「ああ、健闘を祈る」
「ありがとうジェームズ」
「どうってことないさ。僕は君の幸せを願っているよ」


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