まよいの月

満月まで、あと数日。
研究していた睡眠薬はセブルスの手助けもあり何とか完成した。私が何故このような薬を作っているのか、探る事無く手伝いをしてくれたセブルスにはとても感謝している。

薬の効力は、生ける屍の水薬よりも効果が大きく、その匂いを嗅いだだけでも眠りに落ちてしまう程だ。…まあこれは身をもって体験した。ただ、睡眠時間は大体4、5時間程度。現代日本人に提示してあげたい内容の睡眠薬になっている。

「ん…」

早朝、いつもより早くに目が覚めた。時刻を確認しようとベッドの左側にある時計に手を伸ばした…つもりだったが。確かに、自分は時計に触れている。しかしその手は…視界に入っていない。

「うそ…っ!」

自分の左手は、指先から腕まで消えていた。

「…な、んで…」

リドルは、私の身体が透ける事については何も言っていなかった。魔法で作られた体ならば、体のエネルギーとなる魔力を使えば、身体のバランスが崩れ、透けたり…するかもしれない。
だが、今まで自分が魔法を使っている時に異変が起きる事は無かった。ましてや今は何もしていない。ならば、何故?どうして、こんな風に…



目が覚めてから、1時間が経った。時計は朝の5時を指している。…まだ、腕の色彩は戻ってこない。浅く呼吸を繰り返していたせいか喉の乾きが激しく、水を取ろうと起き上がった瞬間。

「―――っう!」

一瞬、目の前が真っ暗になり自分が床に倒れている事を理解するまでに時間がかかった。まずい、今の音でリリーが起きてしまう。
普段は与えられた一人部屋で生活しているのだが、たまにリリーが泊まりに来てくれるのだ。そして今日もそう。今日に限って、どうしてこの日に…!

「ん…コウキ?」

なんでもないと声を出そうにも、全く音にならない。返事の無い私の所在を確かめようとしているのか、布の擦れる音が聞こえる。

「どうしたの…コウキ!?」

とにかく、腕を隠さなければ。必死に私と一緒にベッドから落ちたシャツを巻きつける。後はもう私に出来る事など無い。時に身を委ねるように抵抗をやめた。

「貴方すごい熱よ…!今医務室に運ぶから!」
「リ、リー…ごめ、ん…」

やっとの事で出した声も、喉を掠めただけだ。熱を出している事など気が付かなかったが、言われてみれば体が燃える様に熱くなっている。そういえば以前体が透けた時も、熱があったような気がすると他人事の様に思い出す。リリーに背負われ談話室まで下りて行ったが、意識は朦朧としていてはっきりしない。

「リリー?…コウキ!?どうしたんだい!」
「すごい熱なの、お願い!医務室に連れて行かなきゃ!」
「僕が運ぶよ。リリー、君は先に医務室へ行ってマダム・ポンフリーに説明してきてくれないか?」
「ええ、わかったわ」

ジェームズとリリーは走って寮を抜けて行った。力無くだらりと垂れるコウキの四肢をまとめ、抱き上げ早歩きで医務室へ向かった。その後ろを、シリウスとピーターが続く。

「リーマス!」
「Msユウシ!あのベッドへ寝かせてちょうだい」

―――…何時間眠っていたのだろう。いまいち状況を掴む事が出来ないまま、医務室の高い天井を見つめていた。
ああ、手が見えなくなって、高熱を出してここに運ばれたんだっけ。意識を取り戻した私に気付いたマダム・ポンフリーが、ゴブレッドに入った苦い薬を手渡す。

「酷い高熱だったんですよ、一体何があったのですか?」
「いえ…何も、無かったはずです…」
「今日は戻って良いですが…また具合が悪くなったら来るんですよ」

リリーには直接、病気の話が嘘だったのだと説明している分、こうやって異変を起こす事をどう説明したらいいのかと頭を捻る。それは、皆にも同じ。何度も何度もこうやって迷惑と心配を掛けているのだから、もう黙っているのは私を信じてくれている皆に失礼だ。

溜息を付きながら医務室を出ると、入り口付近で待っていてくれたのかリーマスが迎えてくれた。一回り大きなローブをかけてくれたので、合わせを手に取って自分の体を抱きしめる。これはきっとリーマスの物だ。

「ごめんねリーマス、こんな事ばかりで…」
「君が無事でよかったよ。また、何かあったのかと」
「ううん、違うんだけど…」
「…コウキ、この間はああやって言ったけれど」
「え?」

思わずリーマスから目を逸らした。勘が鋭い人間に、この反応は安易であった事は確かだが…次に続くだろう言葉が浮かび、そうせずにはいられなかった。今の私に、上手くあしらう余裕など無い。

「僕らじゃ、力にはなれない?」
「…そんな、違うよリーマス。もう、そんな心配そうな顔しないで。大丈夫だから、ね?」

リーマスは諦めのつかない顔をしていたけれど、笑顔で誤魔化し、言いくるめるしかない。あのリーマスが引き際を改めない様子から、腕の無い私の姿を見てしまったのかもしれない。
ふと窓の外を見ると、あと数日で満月になる月が見えた。普通だったら、もう満月と言われても納得してしまう程の丸さだ。

「コウキ?」

ちらりと盗み見するだけのつもりだったのだが、何故か月に魅入られ立ち止まっていた。月は不思議な力がある。私の中の何かが溢れ出していくような苦しさを覚えた。

「…月が、もう少しで満月だなって」
「…コウキは、月が好き?」
「好き、かな。でも、苦しい」

リーマスの口調に余裕が無くなっている気がする。荒げるような、言葉切りが詰まるような。らしくない様子に後ろを振り返ると、

「…リーマス?」
「…っ」
「リーマス?どうしたの!」
「コウキ…駄目だ、近寄らないで!」

その場に膝を付き、肩で呼吸をするリーマス。近寄るなと言われても、はいそうですかとはいかない。私は心臓の辺りを押えるリーマスを抱き締めた。月に反応したのか、月に呼ばれた私の力に反応したのか。

「コウキ…っ!」
「リーマス、大丈夫。落ちついて」
「駄目だ、僕はっ…君を傷付けるかもしれない、から…!」
「大丈夫。私は大丈夫だよ、リーマス」
「え…?」

リーマスを助けたい、楽にしてあげたい。そう強く願った瞬間、私の体から暖かな白い靄が溢れ出て、リーマスと私を包んだ。セブルスの手を取った時と同じ、このパトローナムのような白い靄は、きっと私を、リーマスを助けてくれる。

「コウキ…?」
「っ…う、あ…」
「コウキ!目が…」

心臓に重い痛みを感じ、リーマスからすぐに離れた。先程までの暖かな力は無く、どこかへ呼ばれているような、私が消えてしまうような、何か嫌なものを感じた。先程まで月夜を写していた窓を見遣ると、そこに写る私の目は深紅に染まっていた。

「ヴォル、デ…モート…許さない!」

大切な人達を、お前の手中にやるものか。私に与えた己の魔力で、私がヴォルデモートを闇の世界から引きずり出してやる…!

「っ―――リーマス…大丈夫?」
「僕より、コウキは」
「…ごめん、私」

いつまで隠し通す気でいるのか。いつまで騙すつもりか。

「コウキ」
「…」

私をしっかりとした目で見据える。こんな嘘がいつまでも続くなんて思っていない。仲が深まれば深まる程、私の存在は許されないのだ。でも…騙されていて欲しかった。

「…君を苦しめているのは、僕かい?」
「違う!そんな、事…」
「コウキ…僕は、君に言わなくちゃいけない事が―――」
「言わないで!」
「コウキ…?」
「ごめん、まだ熱があるのかな、はやく寮に帰って寝よう!ほら、ね?」

リーマスの顔を見ずに一気にグリフィンドール寮へと走る。何故、リーマスの言葉を遮ったのかわからない。ただ、聞いてはいけないと、本能のまま口を付いた。

哀れな人狼―――

私の中のリドルが、にたりと笑ってそう吐く。
そんな事思ってないのに。そんな事考えていないのに!

私は、私自身は、もう闇に侵されてきているのかもしれない。

prev / next

戻る

[ 17/126 ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -