そこに残したもの

11月のイギリスは雨の日がとても多い。雨も嫌いではないが、やはり空が曇っているのは気持ちが落ち込みやすい。だが、恐怖のハロウィンを越えた次に待っているのは寮対抗クィディッチ杯。

「ジェームズ!頑張ってね」
「ああ、勿論さ!リリー、僕の雄姿をしっかりと目に焼き付けておくれ!」
「勿論よ。応援しているわ」

クィディッチ用のローブを身に着けたジェームズを見送り、私達も競技場へと向かう。今回はスリザリン戦。ハリーがシーカーに抜擢される前は暫しグリフィンドールが優勝杯を手にしていなかったはずだが、今ここにはジェームズという優秀なチェイサー、そして仲間達がいる。きっと今年も我が寮に優勝の栄光をもたらしてくれるはずだ。

「ああ!今何が起こったの!?」
「スリザリンのシーカーとジェームズが衝突したんだ!落ちたのか?」
「うそ、ジェームズ!」
「待て、まだ大丈夫だ試合は続いてる!」

何処かデジャブを感じる大雨だ。5m先も定かではないこの状況で今彼らは戦っている。雷鳴轟く中微かに聞こえる解説でジェームズとレギュラスが衝突した事を知らされる。ジェームズが体制を崩したとの事だったが、颯爽とグリフィンドール側の応援席へ余裕の投げキッスを送るジェームズが見えた。ああ、大丈夫そうですね。

「こんな中、スニッチは見えるの?」
「いや、見えないだろうな…こればかりは運だ」
「ジェームズ…」

状況を把握出来ないままどんどん試合は続き、点数も正直な所推定だ。微かに視界を横切る選手達にいつも以上の疲労の色が見える。暴風雨に晒された私達もガタガタと歯を鳴らすばかりだったが、少し雨脚が弱まり、各選手が見え始めた時だった。

「あ、あ!」
「どうしたの、コウキ?」
「いま!いま!スニッチ!ああ!」
「え、なになに!?」

スリザリンのシーカーであるレギュラスが、一人見当違いな所に飛んでいき宙に手を伸ばしている。その手の先にいるのは勿論金のスニッチだ。

「あ、ああ!こっちのシーカーは!?」

広い競技場を見渡すがグリフィンドールのシーカーの姿を捉えられない。このままではスニッチを取られてしまう。もう、手が届いてしまう!そう思った時だった。

「やった、やりました!グリフィンドール!スニッチを手にしたのはグリフィンドール!!」

今まさにスリザリン寮に勝利の狼煙が上げられるという瞬間、下から直角に急上昇したシーカーがそのスニッチを掴み取ったのだ。スニッチを手にしたシーカーを掲げるように手を伸ばし旋回するジェームズ。その姿がハリーと重なり、知らぬ間に涙が流れ落ちていた。

「ジェームズ、お疲れ様!」
「やったな、流石だ!」

どんちゃん騒ぎの談話室。今日ばかりはどの学年の監督生だろうと何も言うまい。一通り胴上げされたジェームズは談話室の中心にあるソファで皆からの賞賛を受けている。雨の中冷え切った体もこの熱気で逆に熱いくらいだ。今晩のグリフィンドール寮は眠る事を知らなかった。



「あれ、セブルス」

数日経ってやっと寮内も落ち着きを取り戻した頃、私は例の教室へ足を踏み入れた。基本的に私しか使っていないそこには珍しくセブルスがいた。

「この教室、お前が使っているのか?」
「うん。特別に許可を頂いているの」
「ここで、何を?」
「今は新薬の研究とかしてるよ。セブルスもやってみる?」

怪訝な顔で私の羊皮紙を捲るセブルス。最初は目を細めて遠巻きに見ていたが、段々食い入るように羊皮紙を読み込んでいる。

「何故こんな事を?」
「今更聞く?」
「それもそうだな…お前は物好きだ」
「全く失礼な」

くすくすと笑うと、セブルスも鞄から羊皮紙を取り出した。あれは…

「それは?」
「教科書の矛盾を正したり、新しい呪文を作っている」
「うわ、すごい…見てもいい?」

これは、きっと謎のプリンスの教科書だ。事細かに訂正がされている。そうだ、この頃のセブルスは闇の魔法に傾倒しているのだった。胸がじくじくと痛む。これでいいのか?セブルスはこのまま闇の陣営に入ってしまう運命なのか?

「セブルス」
「…なんだ」
「多分、辛いよ」
「…今でも十分だ」

両手を握りしめ言うセブルスの背中に手を置く。びくりと肩が揺れるが、振り落とされる事は無かった。ゆっくりと流れる時間に私は時の残酷さを知る。時は何も解決してくれない。何度も何度も、繰り返すだけなのだと。

「お前は、どうしてグリフィンドールを選んだ?」
「え?」
「スリザリンでは無く、グリフィンドールを」

振り向いたセブルスが真っ直ぐ私の目を見つめる。選んだのは私ではない、と言おうとし言葉を飲み込んだ。時に私は、何故自分はグリフィンドールだったのかと考える事がある。今となっては自分の中にヴォルデモートの存在を感じているのだし、正直な所、性格に関してはスリザリンのような気もする。ただ、どちらでもあり、どちらでも無いと言った組み分け帽子の言葉が頭を過る。

「私が選んだのは、寮という小さな枠では無くて、この世界という枠の無いものだった」
「世界?」
「だから、私はスリザリンでも構わなかったし、他の寮でも同じ。ここにいられるのなら、どこでも良かった。すぐ傍にいられないのだとしても、きっと何処かで助けになれる。そう、思いたいの」

今後私の手に届かず零れ落ちていくもの。決められた運命に立ち向かったって、無意味なのかもしれない。でも、私がここに存在した事で、誰かを助けられる事が出来るなら。

「だから、セブルスも諦めないで。でも、一人だと思わないで」
「…」

何に対して言っているのか、探るように私の言葉を待つセブルス。彼に待ち受けるものは到底誰かが変われるものでも無ければ、乗り越えられるものでもない。セブルスにしか出来ない事なのだ。ただ、少しだけでもその肩の荷を預けられる場所があったなら。未来は変わるかもしれない。…まあ、余計なお世話だって言われそうだけれど。

「私達がいつか大きくなって、辛い事や苦しい事が訪れて。幸せになんてなれないと絶望の淵に立ったとしても、私はずっとセブルスの友達だよ。ずっとここにいる」

そう言って胸を指す。遠く暗い所へ行ってしまうセブルスの記憶には薄れてしまうかもしれない。だけど、私達が出会った事に意味があるとするならば。

「なに、を」
「おまじない。セブルスが、強くあれるおまじない」

セブルスの両手を取り、強く願った。心を蝕まれないように。心の何処か、深い所にいつまでも光があるように。暫くしない内に、ふわりと繋いだ手が暖かくなった。セブルスは驚きの為か硬直してしまっているが、私はこの暖かさが、包み込むような白い靄が、私の力なのだと感じた。

―――深く暗い闇の中に、光を齎すその命を。解放せよ。
―――深く暗い闇の中に、光を齎すその命を。葬りされ。

私の中を渦巻く二人の声が遠く聞こえた。


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