いまだけはこのときを

「あ」

1年生の組み分けが終わり、豪勢なディナーも終盤になってきたころ、小さく切られた羊皮紙がヒラヒラと私の前に落ちてきた。確か、これは教員が校内連絡に使う方法だった気がするが。

「どうしたの?」
「私宛てに…?なんだろ」

そこには、見慣れた綺麗な文字が並んでいた。

『食事が終わったら、校長室へ
  アルバス・ダンブルドア』

ふと職員席を見ると、アルバスがウインクをしていた。ここまですると言う事は急用なのだろう。食事を終えた私は言われた通り、校長室へと向かった。ノックしたドアを開けようとした手がまさかの空振りをするという状況に体が付いて行けず、自動的に開いた扉を恨めしく流し見ながら校長室へ転がり込んだ。優しさが仇になるとはこの事だろう。そんな私の姿をダンブルドアが面白そうに見ている。これは…優しさではなく謀られたのかもしれない。

「休暇はどうじゃった?」
「まずこの悪戯について一言頂きたかった所なのですが」

ゆったりとした笑いを漏らし、私をソファに座るように促す。テーブルにティーセットが並べられた。

「すごく楽しかった。ロンドンの街にも行けたし、皆とお泊り会もして」
「そうかそうか。いい友人に巡り合えて本当に良かったの。してコウキよ」
「はい?」
「監督生になってみないかな?」
「…は?」
「監督生じゃ。本来は5年生に上がる前に通知が行くものなのだが、少し事情があっての」

そういえば食事の時に、リーマスが女子側の監督生がいないという話をしていた気がする。何か特別な理由が無い限り、監督生の変更や任命無しなんて事は無かったはずだが…。上目遣いで私を見遣るダンブルドアを見ていると何か企みも感じるが、この人は大分自由だとこの1年で気付いた。

「やります」
「そうか、よかった。ではこれがバッチじゃ」
「おお…」

ピカピカと光るバッチをローブに付ける。まるで実感が沸かないが、このバッチをはやく皆に見せたい。

「でも、どうして?」
「勉強もよく出来、周囲からの信頼も厚い。教師の中でも真面目でいい生徒じゃと聞いておる。そんなコウキが監督生にならんのもどうかと思っての」

そこまで言われると照れや謙遜を越えて、本当なのかと疑問視したくなる。だが、これであの大浴場やその他諸々の特権が手に入る。これを使わない手は無い。

「本当に色々してもらって、ありがとう」
「気にする事は無い。最近、体の方はどうかの?」
「うん…ちょっと気になる事はあるんだけど、まだ全然まとまらないの。もう少しわかってから、聞いて欲しくて」
「コウキがそう思うのならそれでよい。しつこいようじゃが、何かあったら言っておくれ」
「わかりました」

私が二つ返事で承諾した理由は簡単だ。監督生というと、面倒事を抱える事もあるが…あの大浴場の使用を許されているし、夜の見回り等それなりに権力を持った存在。禁書や必要外教室の使用に関しても融通が利きやすくなるだろう。なによりもお風呂だ、お風呂。日本人としては欠かすことの出来ない一大イベントだ。

「おかえり、コウキ」
「あれ?監督生のバッチ…?」
「じゃーん!監督生になりましたー!よろしくね」
「わお、凄いじゃないかコウキ!入学して2年目で監督生なんて」
「誰も文句なんか言わないよ」
「そ、そうかな?」
「あら、自分の事何も知らないの?」
「ええ?うん?」
「今や僕等を凌いでグリフィンドールの顔だよ?」
「え?えええ?」
「漆黒のプリンセスね」

…プリンセス?
頭の中できらびやかなドレスを着た女性陣が浮かぶ。私はドレスで着飾った事も無ければ、ガラスの靴を履いた事もない。

「は?」
「誰にも分け隔てなく接するし、寛容で少し世間知らずな所でプリンセス、髪の毛や瞳の黒で、漆黒ね、きっと」
「ええ!?いやまあ、世間知らずはそうだけども…ありえないよ!嫌味?」
「そんな事はないだろ」
「は!?」
「お前、誉められてるのにその反応は無いだろ…」
「だってシリウスがそんな…」
「ま、よく思われてるんだからいいじゃないか」
「シリウスも漆黒の騎士―――“ブラックナイト”って呼ばれてる事だしね!」

いや、シリウスはわかるよ、うん。普通にイケメンなのだから。廊下を歩いていて、シリウスとばったりすれ違った時の女の子達の喜びようを見ていれば一目瞭然な訳で。
まず私は、転入早々に悪戯仕掛け人やリリーと常に一緒に行動するようになった事で、男女問わず嫉妬の目を向けられているのは自覚していた。だから私の存在は浮いていると思っていたし、何か言われるのは覚悟していたけれど、まさかそんなベクトルを向けられていたなんて!

「ブラックプリンセスってとこだね」
「え、シリウスとお揃い!?」
「お似合いって事かしら?」
「い、嫌だよ!シリウスとお揃いだなんて、私どれ程の女の子を敵に回すと思ってるの!」
「その台詞、そっくりそのまま返すぜ…」

そう言ってシリウスが鼻を鳴らす。よくわからない内に花丸評価を頂いていたようでむず痒い。彼らと肩を並べて歩いてもいいのだと、周りから認めて貰えたのだと思える。どうしてか周りの目が気になってしまうのは国民柄だろうか。

「そういえば、どうして今監督生に?」
「私もよくわからないんだけど、もう一人の監督生の子が辞退したいって話になったらしくて」
「まあ、どうあれ流石ダンブルドアだね。コウキを選抜するとはよく見ていらっしゃる!」
「ありがとう!さあ、みんな。消灯時間になるよ。私見回りの初仕事なの!ちゃんと寝てよね?」
「コウキがそういうなら仕方ないな、寝ようか」
「リーマス、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「じゃあ、先に寝ているわね」
「おやすみ、リリー」

時間も遅く既に他の生徒は寮に戻っており、最後に別れたリリーが談話室では最後の生徒だった。談話室には私とリーマス以外誰もいない。ダンブルドアから渡されたメモでは、今日の仕事はグリフィンドール寮周辺の見回りだけだ。リーマスが他の範囲を回る間、私は本来受けていたはずの説明を省いていまっている為、先輩方からワンツーマンで手解きを受ける。

「お疲れ様、コウキ。随分時間掛かったみたいだね?」
「色々突っ込んだ質問をしてたらちょっと…監督生って大変だけど、優遇されてるんだね」
「僕が監督生に選ばれた理由を考えると、頭が痛いけれどね…」
「ジェームズ達の抑制?」
「きっと、ダンブルドアはそれを望んでる」

成績優秀で学校の人気者で影響力もあるジェームズやシリウスが粗相の悪い生徒っていうのも確かに問題なんだけれど…それをリーマスや私に託すのも、無茶だと思うのだが。

「さて、僕達も寝ようか」
「おやすみ、リーマス」
「ああ、おやすみ」

リーマスと別れ、一人部屋である自室へと入ったはずだったのだが、普段とあまりに違う光景に一度ドアを閉め、深呼吸をする。もう一度開けるとやはり異様な光景が広がっていた。開けていた窓枠に光り輝く不死鳥が佇んでいる。

「…フォークス!」

足元に手紙が置いてあり、合点がいく。すぐに手紙を確認するとダンブルドアの刻印が浮かび上がった。これは他で使用が出来る物だ。

「うそ、まさか!」

しっかりと手紙を読み直すと、外部での買い物やダンブルドアの名が必要になってくる時に使用していいと書いてあった。ダンブルドアは、超能力者か何かだろうか?これから私がしようとしている事を見越し、必要になるこの印を託してくれたのだ。俄然やる気を起こした私はすぐにある発注書にペンを走らせふくろうを呼ぶ。手紙を託すと、不死鳥と共に夜空へと羽ばたいていった。

「リーマス、必ず…私が」


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