望まれたちから

一週間の間、拠点はジェームズの家。立ち寄る程度ではあるが、リリーの家やシリウスの家(正確にはシリウス専用の別荘)も見学し、ちょっとした旅行のように過ごす事が出来た。

ここで気付いた事があったのだが、私が言語を理解出来るのは魔法に属した人達だけだったのだ。片言にすらならない私の語学力では、一人でロンドンの街を歩く事すら困難。異文化コミュニケーションなど夢のまた夢だ。
休みに入る時、ホグワーツ特急から漏れ鍋に向かうルートだと迷子になっている可能性があったという予測は大当たりだったようだ。そして、この事実で今更ながら、私が本当に最初から魔法を使っていたという事が証明された。

私は今まで普通の学生で、本当に普通の生活を送っていたはずだ。特に特殊能力があった訳でも、例えば霊感だとか、そういう不確定な物があった訳でもないのだ。ますますこの世界に来た理由がわからなくなってきた。

そんな中、一つだけ近い目標が出来た。
人狼に対する薬を作る事だ。本当はセブルスが作っていた脱狼薬を作ればいいのかもしれないが、それにはリーマスが言ってくれるのを待たなければならないし、私の知識がまだ追いつかない。悩みに悩んで、最終的に行き着いたのは睡眠薬。
どの本にも、人狼に睡眠薬を飲ませたなんていう情報は載っていないから効くかどうかはわからないけど、やってみる価値はあるかもしれない。

資料が何も無いのは、人狼に近づけた人間が今だかつて存在しないからだと思う。ただそれは私も同じ事。人狼になったリーマスに睡眠薬を飲ませるどころか、近づく事すら出来ない。ジェームズ達に頼んだとしても確か…鹿、犬、鼠…無理だな。
人狼に薬を飲ませても大丈夫だろうか?狼にも人間にも悪影響の無い薬だったら大丈夫だとは思うけど。全ては仮想、リーマスを実験台にするようで心苦しいが…満月の夜の間、例え人狼であっても、寝ていたら被害は無いだろうとの結論だ。試す価値はあるだろう。

新学期の目標としては、まずは薬を作り、次に飲ませる方法を探そう。

「コウキ?」
「あ、ごめん、なんだっけ?」
「もう、どうしたの?休みはもう終わったのよ」
「ごめんごめん、今年は何しようか悩んでいたの」
「そうね、今年も楽しく過ごさないと。着替えてジェームズ達のコンパートメントへ行きましょ」

あの日、リリーには異世界から来たことしか言ってない。いつここから居なくなるかわからない事や、体が透ける事、リドルの夢を見る事。…もしかしたら、私の正体はとんでもないものかもしれない、とか。

まだわからないけれど、この世界に来てからいやに冴える頭が叫んでいる。夢に出てくるリドルが言っていた通り、私はリドルの力になる為に、いや…ヴォルデモートの力になる為に呼ばれたのではないか、と。

私の魔力は…ヴォルデモートに与えられた力?でも、それなら私がここに来る理由は無かったはず。いや…もしそこまで考えているのであれば…ヴォルデモートでは、そう簡単にダンブルドアに接触する事は出来ない。元々魔法が使えたのも、知力があったのも、ヴォルデモートに仕掛けられたことだった?

そんなの…そんなの嫌だ。
私は、私なのに―――

「コウキ、大丈夫?」
「っ…リーマス…」
「どうしたの?コウキがいなくなったって、リリーが心配してるよ」
「ごめん、考え事に熱中しすぎて…」

先程までリリーの後ろを歩いていたはずだったのに、いつの間にか一人で立ち尽くしていた。自分が立ち止まっていた事も、リーマスが近付いて来た事にも気付かなかった。

―――…頭の中がもやもやする。自分は、もしかしたらヴォルデモートの操り人形かもしれない。未来の彼には傀儡を作る力があった。今も、分霊箱を作るだけの力がある。考え過ぎだろうか?ただの杞憂であったのならそれでいい。だが…

「…」
「リ、リーマス!?」
「コウキ、君が抱えているものが、そんなに君を苦しめるのかい?」

リーマスに優しく抱き締められた。鼻孔を擽る甘い香りに、混乱していた頭が少しずつ解けていく。苦しんでる?苦しんでいるのは、リーマスも一緒だ。今まさに監督生であるリーマスの仕事を邪魔している真っ最中だというのに。

「ごめん…何か、おかしいな私」
「まだホグワーツに着くまで時間はあるから、少し休んだ方がいい」
「あ…」

私を近くの空いていたコンパートメントに入れ、体を横にさせる。多分、リリーを連れて来ようとしたのだろう。出て行こうとしたリーマスを私は思わず引き止めた。リーマスのローブを掴んだ私の手を解き、握り返してくれる。

「コウキ?」
「一人に…なりたくない…」
「わかった。ここにいるから」
「リーマス…ごめ、」

一気に押し寄せる不安に足元から崩れていくようだった。憶測でしかないものだとしても、確信を持って否定する事が出来ない。その不安定さが私を追い詰めていくようだった。

―――…

「―――コウキ」
「う…ん…」
「起きた?そろそろホグワーツに着くよ」
「え…あ…!」

いつの間にか寝ていたようだ。霞む目を擦りながら周りを見渡すと、リーマスの膝枕で寝ていた事に気付く。これは、5年生になって早速監督生の仕事を放棄させてしまったのではないだろうか。

「わ、私…!ごめ、ああ、えっと、その!」
「落ち着いてコウキ、これ食べたら元気になるよ」
「あ、ありがとう…」

顔が熱くなり、茹蛸状態になっているのが自分でもわかった。そんな中、ふとこの場面をどこかで見たことがあると冷静さを取り戻す。ああそうだ、ハリーがディメンターと対面して倒れた時だった。あの時も、リーマスはこうやってハリーにチョコを渡していたな。

「ごめん、頭重かったよね…」
「そんな事無いよ。少しは元気になった?」
「心配かけてごめんね…何か、最近落ちついて眠れていなくて…寝不足だったのかも。ありがとうリーマス」
「お役に立てたのなら光栄だよ。僕でよかったらいつでも添寝してあげる」
「そ、それはちょっとあの…」
「ふふ、顔真っ赤」
「あああう、あうあう…」

くすくす笑うリーマスにおろおろとしていると、車体の揺れが緩やかになり、小気味いい音と共にホグワーツ特急が止まった。

「あ、着いたみたいだね。本当にありがとう」
「いいえ。リリー達も心配しているだろうから、はやく顔見せてあげよう」

コンパートメントを出ると、タイミングを計ったかのようにリリーが飛んできた。私の顔を両手で支え上げ、じっくりと顔色を窺った後抱き締められる。

「もう大丈夫?」
「うん、ごめんね。心配かけちゃって」
「大丈夫なら気にしないで。私より、リーマスの方がいいかと思って一人にしちゃったけど、何もなかった?」
「な、何もないよ!」
「あら、残念」
「リリー…それはあの…」

さらりと恐ろしい事を言ってのけるリリーは本当に魔女だと思う。新入生を連れていく仕事があるからとリーマスは先に降り、生徒を纏めに行った。ジェームズ達とも合流し、ホグワーツを目指した。

この1年で、私は自分とは思えないほどの能力を発揮した。そして、鈍くさかった昔とは違い、普通は思いつかないような事も閃くようになった。確実に、冴えるようになったのだと思う。どんな変化があってこうなったかはわからないけど、結果はどうであれこの能力を最大限に利用し、自分の生きる道を、みんなを救う為の方法を見つける事にしよう。

―――また、新しい1年が始まった。


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