そのときがくるまで

「やあ、おはよう諸君」
「おはよう!」
「おはよ、ジェームズ」
「もう朝食出来てるよ、リリーとコウキはもうテーブルについてる。行こう」

大きな欠伸をしながらシリウスがベッドから出てきた。僕達の中で一番朝が強いのはジェ−ムズだ。次がピーター、そして僕、シリウス。あまり恰好が付かないから、出来れば朝に強くなりたい所なんだけれど、どうも低血圧が影響しているようだ。
ダイニングに着くと、そこの真ん中に鎮座している大きなテーブルには、鮮やかな色のサラダを中心に重くない朝食が並んでいた。

先に席に座っていたコウキ達といつも通り挨拶を交わすが、何やらコウキの様子がいつもと違う。照れ隠しのように笑い、目を逸らされた。そんな彼女の姿を見て自然と笑みが零れると、むっと膨れ面を見せる。彼女はころころと表情が変わり、見ていて飽きない。

今日は夜にマグルの花火をする予定で、それまでは自由行動。きっと、リリーと二人になりたいが為の口実だろう。そろそろ教科書のリストが届くはずだから、明日にはダイアゴン横丁へ向かうだろう。今日くらいはゆっくりしてもいいかとコウキを誘い、残った4人でゲームをしようと話が決まった。

「チェスなら自信あるよ」
「ほう?じゃあ、何か賭けるか?」
「ええ?ピーター抱っこ券」
「ええ!僕!?」
「じゃあ俺が勝った時はコウキ抱っこ券な」
「何ソレ!」
「リーマス、コウキに手貸すなよ?」
「…」

ニヒルな笑みを見せるシリウスに思わず溜息が出た。僕の反応を面白がっているのだ。あまりむきになっても仕方無いのでコウキの言葉を信じて勝負を見守る、が。

「チェックメイト」
「…」

…見事に負けてくれるのが彼女の滑らない所だ。

「リーマス、俺からコウキを取り戻す券を賭けてやるか?」
「…いいよ」

わざと挑発してくるところがシリウスらしい。わかっていてやるから性質悪いのだ。冗談で済む間にしていて欲しいと切に願うよ。

「ほら、ちゃんと大人しくしてろよ」
「ええ…今?」
「今じゃなかったら、ベッドの中がいいのか?」
「変態…」

チェスボードの前で、シリウスがコウキを膝に乗せ後ろから抱える。集中力の削がれる光景だが、大人しくシリウスに抱かれる彼女が不服そうな表情でだれているのだけが唯一の救いだ。シリウスも真剣に駒を進めている所を見ると、もう少し僕で遊んでいたいのだろう。いつもは受け流していても、今ばかりはそんな思惑通りにはさせない。

「チェックメイト」
「あー負けちまった。リーマスそんなに強かったか?」
「リーマスありがとう、助かりましたそしてご迷惑をお掛けしました…」

シリウスから離れ、定位置になりつつある僕の隣に腰を下ろす。そんな些細な事が僕にとって些細では無くなっている。恥ずかしそうに笑うコウキを見て、自然と頭に手が伸びる自分に僕は身も心も狼かと少し呆れた。

夜の花火は本当に綺麗だった。ゾンコの悪戯用花火とは全然違って、まるでマグルの魔法だ。コウキがはしゃぐジェームズから何かを受け取ってこちらへ走ってきた。

「ねえリーマス、これやろう」
「うん?これはどんな花火なの?」
「これは線香花火って言ってね、この火種が消えるまで落ちなかったら、願い事が叶うって言われてるんだよ」

その一言で、一気にみんなが集中し始める。くすくす笑いながらコウキも線香花火に火を付けた。その先端は儚く光り、燈火を散らしている。何故かその儚さとコウキが重なって見えた。

「どうしたの?」
「いや…綺麗だね。コウキはお願い事、したの?」
「うん。リーマスもやろう?」

火を付け、僕の目の前で散る線香花火を見つめる。願い、か…これ以上何かを望むのは、罪なんじゃないだろうか。そんな事を考えていたら、「人間の欲望って、尽きないものなんだよ」と言ってコウキが笑った。

彼女は普段抜けているのに、たまに鋭いところをつく。何も言わないだけで、僕の嘘などお見通しなのかもしれない。だけどこうやって傍に居てくれる、この暖かな幸せがずっと続く事を願った。―――火種は最後まで、残っていた。

「見てリーマス、最後まで残った!」
「コウキは何を願ったの?」
「みんなでずっと幸せでいられますように、だよ」



その夜、僕はあまり寝付けなかった。へとへとになる程遊んだのに、まだ遊びの余韻から抜け出せていないのかもしれない。それは僕一人ではなく、皆も同じだったようだ。

「起きてる?」
「まだ寝てなかったの?ジェームズ」
「シリウスとピーターは?」
「起きてる」
「眠気がこないんだよー」

外に声が漏れないようにくすくすと笑う。入学して初めて過ごした夜みたいだった。何もかもが不安だった僕に居場所をくれたホグワーツ、そしてここにる友人達。

「ねえ、リーマス」
「うん?」
「コウキに言わないの?」
「え…?」

あまりに突然で、答えがすぐに出てこなかった。頭の中にいくつか選択肢が浮かんだ事に、罪悪感を覚える。僕は彼女に沢山隠し事をしているのだと、自嘲気味に言葉を吐く。

「人狼のこと?」
「いや…まあ、それもあるけど…」
「リーマスってコウキの事好きなんだろ?」
「ボクもそうだと思ってた」
「うん…でも、それは許されない気がするんだ」

僕は、本当はコウキの傍にいる資格なんて無い。そう思ってきたし、今でもそう思う。心の中に巣食ういくつかの自分が駆け引きをしていた。彼女を想う気持ちを認めてしまっている、と言うより…認めざるを得ない今、激しく感情がぶつかり合うのすら感じる。

「どうして?」
「人狼だからとか、関係ねぇだろ?」
「そうだよ、友達は許されて、恋人は許されないなんておかしい話じゃないか!」

心を、大きく揺さぶられるんだ。これ以上距離を縮めてしまうと、僕は取り返しのつかない過ちを犯してしまう気がして。

「あいつだって、どう見てもリーマスの事好きだろ」
「コウキに、正体を知られるのが、怖いんだ」

いつ、僕がおかしくなってしまうかわからない。

「どうして?」
「…嫌われるかもしれない、もう話が出来なくなってしまうかもしれない…でもそれだけじゃない」
「コウキは、気にしないと思うよ…?」
「僕が、気にするんだ」

これ以上彼女が僕の中で大きな存在になってしまったら。もう一人の僕は、真っ先に彼女の所へ行ってしまう気がする。彼女の全てを手に入れようとして。彼女は受け入れてくれる。僕を否定しない。そう思うからこそ…

「うだうだしてると、俺が取っちまうぞ」
「シリウス」
「…」
「俺があいつを好きなら、間違ってはいないだろ。リーマスが身を引くってんならよ」
「シリウス…それは…」
「僕は―――コウキが欲しい。人間の僕も人狼の僕も、彼女を欲しがっているんだ」
「どういうこと?」
「満月の日…僕は彼女の事を考えているんだ。これがただの恋慕の気持ちならいい。そうじゃない、何か…彼女の中にある大きな何かを、僕は欲しいと思ってる」
「それって…?」
「傍にいたら、人狼になった時真っ先にコウキに危害を加えるかもしれないって事?」
「そう。計り知れない餓えを、感じているんだ」

そこで、しかめっ面で黙っていたシリウスが大きく溜息を吐いた。シリウスの言わんとしている事がわかるのか、ジェームズもやれやれと肩を縮込ませる。

「…そこを何とかするのが、俺たちだろ?」
「そうだよ、リーマスは自分を押さえ過ぎなんだ、もっと自由になったっていいじゃないか」

硬く握っていた手を放し、はあと大きく息を吐く。僕が自由に、なんて出来ると思っていなかったけれど。彼等は僕に道をくれた。いつだって、想像も付かないような行動で新しい道を作っていってくれる。彼等がいれば、出来ない事など無いのだと、思えてくる。

「人を好きになるって素晴らしい事なんだよリーマス!僕はリリーに恋をしてからずっと世界がカラフルなんだ!」
「はいはい…」
「なんだいシリウス、君も本気で恋したらどうなんだ!」
「ピーターも一緒だろ」
「ボ、ボクは…」
「みんな、有難う」
「気にすんなって、友達だろ」

コウキも、ここに来て良かったと思っているだろうか?
君に会えて、本当に良かった。―――…でも、まだ、駄目なんだ。僕は、自分の抑え方を知らない。コウキの中にある「何か」を、僕が奪ってしまわないように。もう少しだけ、誰のものにもならず…待っていてくれるだろうか。


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