こころのなかで

待ちに待った約束の日。早朝に起きてしまいもう大興奮を隠し切れない。ジェームズの実家には新学期までの1週間もお世話になって良いそうだ。約束の時間は10時。集合場所は漏れ鍋。ダイアゴン横丁で買い物をしてから、ジェームズの家に暖炉で移動する予定だ。まだ朝の8時なのに、準備万端な自分がとても可笑しくなった。

「うーん…遠足前の興奮を思い出す…」

ほんの少しの時間しか経っていないはずなのに、自分がとても老けたような気がする。部屋にいても落ちつかないので、まだお客の少ない店内で朝ご飯を食べる事にした。

「おはようございます、トムさん」
「おはよう。今日は一段と早起きだね?友達が待ち遠しいんだろう」
「もう、寝ていられなくって」

カウンターに座ると、毎朝出してくれるオレンジジュースが置かれた。長期宿泊する事も快く受け入れてくれているようで、このオレンジジュースはサービス。

「そういえば、今日はアイスクリーム・パーラーでサービスをしているみたいだよ、友達と行っておいで」
「アイスクリーム?行きます、ありがとう!」

トムさんは第三の親のようだ。勿論第二はダンブルドア。私はとても運が良かったのだと思う。徐々にお客さんも入ってきたので、狩から帰ってきたばかりのふくろうと一緒に散歩に出掛ける事にした。ふくろうは私の肩がベストポジションらしく、散歩も嫌な顔ひとつしないで着いて来てくれる(と信じたい)

「いい天気だね。こういう日は広い草むらで寝転がったり、帚で色んな所を飛びまわりたいなあ」

深呼吸をして空を見上げる。快晴の空はどこまでも続き、少し曇りかけだった心も晴れ渡るような気がした。ああ、はやく学校が始まって欲しいというハリーの気持ちが良くわかる。
元の世界にいたときは何をしていたのだったか。昼間までうだうだ寝ていたり、部活に行ったり、ゲームをしたり…何だか、こっちにいる方が充実している気がするのは気のせいだろうか。

この世界は私を追い出そうとしているのに、私はこの世界にいる事を望んでいる。単純で面白おかしい話などではない。でもこの魔法の世界、本の世界、映画の世界に自分がいる。複雑でシリアスな世界なのに…いや、だからだろうか。自分の本当の居場所がここだったらとよく思う。でも、それは叶わない事なのだ。だが、まだ私は、自分がここに来た理由を探している。

「ね、ふくろう」

わかっているのかいないのか。本当に受け答えしているように鳴き、嘴を私の頬に摺り寄せた。本当に賢い子だ。ダイアゴン横丁をぐるりと一周して、漏れ鍋に戻ろうと思った時、店の入り口に見なれた鳶色が見えた。

「…リーマス!」
「やあ、久しぶり」
「会いたかった!」

自分でも驚く程の全力疾走をし、その勢いも殺さずリーマスに抱きついた。衝撃に構えていたのか、リーマスは少し呻いたがしっかりと私を抱き留めてくれた。

「僕も会いたかったよ。待ち合わせには少し早かったけどけど、我慢できなくて来ちゃった」
「ありがとう!早起きしちゃって、落ち着かないから散歩してたの」
「コウキの事だから、そんな事だろうと思った」
「だって、仕方ないと思うの!」
「ふふ、そうだね」

いつの間にか私から離れていたふくろうが静かに私達の上を旋回し、器用リーマスの肩にとまった。

「あ…ふくろうが私以外に懐いたの、初めて見た」
「ああ、コウキのふくろう?かわいいね、こんにちは」

いつも私にするように、リーマスの頬に嘴を摺り寄せる。恐ろしく微笑ましい光景に貧血を起こしそうだ。リーマスの髪とふくろうの毛が重なって、その色が本当に同色である事が判明した。

「やっぱり、似てる」
「本当だ、僕の髪と色が一緒だね」
「目も似てるよ、色は違うけど…ふふ」
「だってさ、ふくろう。よろしくね」

ふくろうは受け答えをするように静かに鳴き、笑うように目を細めた。ふくろうのそんな姿が見られるのは私だけの特権だと思っていたから、少し嫉妬してしまうけれど…ふくろうも何か嬉しそうだし、リーマスもかわいいし、役得である事に変わりはない。

「そろそろ時間だ。そろそろ皆が来るんじゃないかな?」
「あ、本当!行こう」

漏れ鍋の中に飛びこむと、ちょうど暖炉が緑色に燃え上がり、リリーが出てきた。

「リリー!」
「コウキ!」
「やあ、久しぶり」
「あらリーマス、早かったのね!私が一番だと思ったのに」

リリーに続くように暖炉がどんどん燃え上がる。見知った顔が並び、順番に挨拶を交わした。

「ああ、リリー会いたかったよ!コウキも、寂しくなかったかい?」
「会って早々リリーリリーうるさいんだっつーの」
「仕方ないよシリウス、もう慣れなよ」
「私なんてまだ1年だけど慣れたよ」
「すごいねコウキ!」

何が凄いのかわからないけれど、とりあえず褒め言葉として受け取って置くよ、ピーター。皆と一通り挨拶を交わした後、トムさんにトランクとふくろうを預けた。後でジェームズの家に送ってくれるそうだ。

「それにしても今日は暑いな、アイスでも食べようか」
「今日サービスデーらしいの、行こう!」

ピーターと私は目をキラキラと輝かせ、皆の手を引きアイスクリーム・パーラーに入った。ここには、数えきれないくらいアイスの種類がある。まるでサ−〇ィン・〇ン!今日のサービスは、ダブルとトリプルの値段が一緒という内容だった。迷いに迷ったが、バニラ、チョコミント、ストロベリーを選んだ。我ながら無難である。
リリーはいかにも女の子という感じのかわいい色とりどりのアイス。ジェームズとシリウスとピーターは見た目では味が判断出来ない色とりどりのアイス…。外国使用のスイーツは見た目がアレ過ぎて、どう転んでも私の肝では無難な物を選んでしまう。リーマスに至っては斜め上を構えたラインナップ。3つともチョコ系だろうと思われる黒、茶系のアイス。シリウスに「お前そんなつまらないのがいいのかよ」って言われたけど、私から見れば十分選べる範囲だ。

次の目的は私とリリーの提案でマグルのお店、漏れ鍋のレンガを越えて行くことになった。
漏れ鍋に向かう途中、ジェームズが高級クィディッチ用具店のショーウインドウに飾ってある、新作の箒を見て嬉しそうにしていた。ジェームズはハリーと同じクィディッチ選手だ。ああ、ジェームズのこの姿をハリーに見せてあげたい。ハリーのあの姿をジェームズに見せてあげたい。湿っぽくなりかけた思考をふるふると飛ばし、賑やかな街並みに埋めた。

久しぶりのマグルの世界に私は興奮しっぱなしだった。ホグワーツには慣れていたけど、トリップするまでは外国旅行なんてしたことなかったし、イギリスの街並みを見て外国に居るんだと今更実感が沸いてきた。

最低限の服も買ったし、変形しないお菓子も買えた(すごく新鮮に見えた)それにしても、人種が違っても女の子の買い物好きは変わらないようだ。買い物をしているリリーは本当に普通の女子高生の様だった。…すっかり忘れていたけれど、私の方が1歳年上という事実が急に落ちてくる。どう考えても、この5人の方が年上だよ…東洋人が童顔とかそういう部分を抜いても、彼らの精神年齢の高さは恐ろしいものがある。

ジェームズの家は、ロンドンから少し離れた場所。なんていうか…豪邸?お城?ジェームズのお父様とお母様は笑顔で迎え入れてくれ、外観から見るよりも暖かな家庭に私は足を踏み入れた。

リーマスとシリウスとピーターはジェームズの部屋、私とリリーは向かいの客室を宛がわれ、部屋の隅には既に漏れ鍋から送っていた荷物が置いてあった。これが有名な血筋というものなのだろうか。判別出来る範囲で、しもべ妖精が2人(匹?)お世話係のように顔を出した。

夕食は立食パーティ形式になっていて、テーブルに並んだ料理はどれも美味しかった。お風呂はとても大きく、ホグワーツのあの特別な大浴場のようだった。蛇口から泡が出るんだよ、泡!

「あー!また負けた」
「ジェームズ、ズルしてるだろ!」
「何の話?」
「コウキ、流石に弱すぎるわよ」
「顔に出てるって」
「ボクでも何となくわかるよ、コウキの表情で」

そういえばトランプあるよ〜なんてノリで始まったはずのトランプゲームはヒートアップし続け、目がマジになったジェームズに10戦中9敗している。因みに1勝は最初のそこまでやる気の無かった状態での勝ちだ。必至に無表情を貫いているつもりだけど、私にポーカーフェイスなど無理な話。

「うう…私はもう駄目だ…残りはよろしく頼むよ、ピーター…」
「え!コウキ、待ってよ、ボクも駄目だって!コウキー!」

ばたりと後ろに倒れると床に1枚、写真が落ちていた。視線だけで被写体を捉えると、そこには見知った顔が。多分、ジェームズの小さい頃の写真。だけど、私にはハリーに見えた。

「え?何か言った?」
「…ううん、何でも無いよ!ほら、集中しないと!ポーカーフェイス!」
「ええ!コウキも助けてよー!」
「ピーター、そいつに助け求めたって、所詮は9敗だぜ?」
「そ、そっか」

その後も出てくるわ出てくるわ。見覚えのあるボードゲームや、挙句の果てには枕投げ大会まで発展し、散々な姿で部屋に戻った時には深夜1時をまわっていた。

「ふあ…遊んだ遊んだ」
「コウキ、眠い?」
「まだ大丈夫。今日は本当に楽しかったね。あ!リリー、ジェームズと二人にならなくてよかったの?」
「え。いいわよ、そんなの!そんな事より…コウキこそ、どうなのよ?」
「へ、何が?」

リリーが私のベッドに潜り込み、ずいと顔を近付ける。さっきまで止まり木で悠々と寝ていたはずのふくろうが、一鳴きして窓から出て行くのが見えた。どうやら女子会に参加する気は無かったようだ。

「リーマスよ」
「…リーマスがどうかしたの?」
「どうもこうも無いでしょう。気付いてないとは言わせないわよ?とぼけているのなら、これで終わりよ」

リリーの顔が、恋愛の話に盛り上がる女の子の顔になった。この目をしたリリーは恐ろしく鋭い。私の背後には壁。逃げ場も無く狼狽えた。

「とぼけているつもりは、無いけど…」
「どうなの?」
「うーん…誰にも言わない?」
「言う訳無いじゃない!何なのよ、言ってみて」

ハリー・ポッターの本を読んでいる時から、リーマスは一番好きだった。けど、それは二次元の話であって、今とは全然勝手が違う。思っていたリーマス像とは全然違うところもあった。本当に、生きて私の目の前に存在している人なのだから。そんな現実の彼を見て更に惹かれたのは嘘じゃない。今の気持ちは、敬愛が恋愛だったと気付いたその時のようだった。

「……すき、かも」
「かも?」
「すき、です…」
「やっぱり!よく言ったわ、コウキ!」
「うう…恥ずかしい」
「コウキなら大丈夫、リーマスもきっと貴方が好きよ。あなた達、最高の二人になれるわ!」
「でも…私は…」
「何か、駄目な事でもあるの?…もしかしてハリーって人?」
「え?」

私の一瞬の焦りはリリーにしっかり伝わっただろう。予想外の言葉に、動揺を隠せなくなってしまった私はただ目を逸らすしか術を持っていなかった。いつ、その言葉を発し、いつ聞かれてしまったのだろうか?

「恋人なの?」
「ち、違うよ!そういうのじゃない、違うの」
「そう?でも、何か隠しているでしょう」
「ど、どうして?」

口が上手く動かせずどもってしまう。こういう時の為にいくつか台詞は用意していたはずなのに、一つも思い浮かばない。

「勘よ。私の勘は当たるって有名なの、知っているでしょ?無理して今言って欲しい訳じゃないけれど…」
「あ、いや…ごめんね、ちゃんと言うよ!リリーは大切な親友だもの、心の準備が、欲しいなって…」
「わかったわ、待ってる」

にこりと微笑んだリリーは程無く夢の世界へと落ちていったようで、私は何をどうリリーに伝えるべきかをずっと悩んでいた。私はこの世界の住人ではない事、未来を知っている事、ハリーという人物の事、まだ定かでは無いが、この世界からいつか消えてしまうであろう事。いくつかのキーワードを頭の中で整理し、告げても問題ないであろう事をピックアップしていく。

正直な所、「異世界からきたの」「あら、そうだったの」これで終わりかねない話だ。リリーにならば、包み隠さず私の素性を教えても問題は無いのだろうと思う。ただし、未来の事だけは、私には到底口に出来る事では無い。

待ち受けている結末を避けるためには、未来を知っておく方がいいかもしれない。だけどそれは私の自己満足でしかないのでは?この先は自分達で作っていくものであって、ここにいる人達が、必ずしも私の知っている姿では無いかもしれない。私と言う異物が干渉した世界なのだ。いくつもある運命の中の、たった一つに過ぎないのだと思う。

窓の方へ目を向けると、暗闇に包まれていた空が、段々明るく鮮やかになっていく所だった。いくら休みとはいえ、少しくらい寝たほうがいい。私は重たくなってきた瞼をゆっくりと閉じた。


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