みとめてはじめて

「んー…」

夏休みが始まって一週間、漏れ鍋での生活は想像以上に楽しいものだった。
まず、食べ物が美味しい。これは本当に大事な事である。そもそも日本人の私が急に何の脈絡も無く外国(しかも異世界)へ生活の場を移したのだ。正直胃が付いて来ていない節もある。
店主さんのトムはそんな私に合わせた食事を作ってくれ、結構おまけもしてくれる。おやつに出してくれたチョコレートケーキが、もう頬が落ちる程美味しかった。甘味料の気になる外国のケーキだったけど、甘すぎず、主張し過ぎず。ああ、もう一度食べたい。今度リーマスが来たら教えてあげよう。

今日の予定は、ブロッツ書店と、イーロップのふくろう百貨店で買い物をする事。ここに来て1年経ち、自分なりにも知識が付いてきたと思う。今日探すのは、今持っている物よりも詳しい魔法書、薬学の本、そして…この時代、まだ出来ていないであろう脱狼薬の研究もしたい。

ふくろうはどんな子がいいかな。私を気に入ってくれる子がいるだろうか?ハリーと同じ白いふくろうもいいけど、黒もいいな…黒と言えば、昔は黒猫飼うのが夢だったなあ。ううん、今後のパートナーになるのだから、よく考えて探さなければ。

「あ」

足元や空を仰ぎ見ながら悩んでいる内に、ふくろう百貨店を通り過ぎ、グリンゴッツの入り口に足を踏み入れようとしていた。

「い、行き過ぎた」
「君は…コウキ・ユウシ?」
「はい?」

呼び止められ、引き返したグリンゴッツの入り口を見遣ると男性が一人。
その姿には見覚えがあり―――

「貴方は…レギュラス…!」
「…」
「ええと、シリウスの…」
「貴女と話すのは初めてだね」
「あ、その、初めまして!ごめんなさい、Mrブラック?」

ホグワーツで見かける事はあったものの、対面したのは初めてだった。彼は確かヴォルデモートのファンで、ええと…確かその後壮絶だが勇敢なる道を選んだはずだった。ブラック家の次男で、スリザリン寮のレギュラス・ブラック。ちなみにシリウスとは仲が悪い。

「レギュラスでいい。君、一人?」
「ええ、あなたも?」
「ああ」

気まずい沈黙が続く。何故話し掛けられたのかもわからないまま、私を見下ろすレギュラスに右往左往していた。シリウスも相当なイケメンだが、レギュラスも整い方が尋常ではない。更に兄弟をも上回る高身長であり、日本人平均な私は頭一つ半程低くなる。そんな彼に見下ろされているとなれば、威圧感が恐ろしいまでに降りかかってくる。

「私、今から書店に行く所なの。もしよければ一緒に行かない?」
「僕と?」
「ええ、あなたがよければ」

逃げ出したい一心での提案だったが、飲まれた条件により到着した書店は、映画で見た通りの規模だった。店中、天井までもを埋め尽くす大量の本で溢れていた。ホグワーツの図書館も凄いけれど、これはこれで圧迫感…。

「新学期の指定教科書が決まったら、またここに来ればいいのね」
「そう。君は進級が初めてだったね」

いくつか棚の説明をしてもらった後、レギュラスから離れ魔法薬学の欄へ向かった。こういうとき、セブルスが居たらいいのに…と、溜息が出る程の量だ。ふくろうを飼ったら、さっそくセブルスにも手紙を書いておすすめの本を聞こう。

人狼等の半獣について詳しく載っている本や妖精などの事が載っている本と、少し気になった本を何冊か買っておいた。これでまた知識が増えるといい。

それにしても…よく考えると、私自身に出来ない魔法が無いけれど…普通、ロンとかハリーみたいにすぐには出来ないとか、年齢的に困難とか、無いのだろうか?それよりも、何故魔法が使えるのだろうか?魔法が使える事に喜び過ぎて、すっかりその根本について考えていなかった。
考えても仕方の無い事なのかもしれないけれど、私が魔法を使える理由を知れば、道が開けるような気がしたのだ。

「闇の魔術に興味があるの?」
「わ、びっくりした…!」

特に後ろめたい事も無いのだが、手にしていた黒い背表紙の本を棚に押し戻した。レギュラスが手にしている本も、同じ様な少し禍々しそうな物だった。セブルスを見ていても思うが、闇の陣営に傾倒している者は、こちら側の意見を真っ向に受け入れようとはしない。時代がそうさせているのだと思う。

「君に、興味があるんだ」
「え、ええ?興味とは…」
「その力、大きな魔力の持ち主である君に」
「な…にを?」

私の知っている未来に繋がっているとしたら、彼もまたヴォルデモート卿に人生を狂わされた一人だ。だが、今はきっとヴォルデモートの為にこうやって私を探っている。

「僕は、力が欲しい。君もそうなんだろう?」
「…そうね。でも、貴方とは違う」
「そうかな?君の力は…グリフィンドールとは違うんじゃないか?」
「そんな、事…!」

ふ、と不敵な笑みを浮かべたレギュラスは書店を出ていった。不審に思いながらも何故か目の離せない彼に続き書店を出た。次は何処へ?と案内をしてくれる姿勢は変わらない様で。道を挟んだグリンゴッツの目の前にあるふくろう百貨店へと向かった。ショーウィンドウから見るだけでも、沢山のふくろう達がいるのを確認出来る。正直薄暗くてよく見えないけれど、多種多様なふくろうがひしめいているのだろう。

「どんなふくろうを飼うか決めているのかい?」
「悩むけれど…」

薄暗い店内の中で、色取り取りな瞳がぱちくりしているのに驚き、小さく声を上げればレギュラスが笑う。とくん、と心臓が鳴り視線の感じた方を見ると、目線より少し高いところにいる鳶色のふくろうと目が合った。

「…あ」
「決まった?」
「おいで」

目を合わせたままでいると、ふくろうがゆっくりと瞬きをし、飛び立つ。私の上を旋回し、目の前の止まり木に降り立った。優しそうな目は透き通っていて、こちらを伺うように首を傾けている。

「あら、そのふくろう。今まで全然人に懐かなかったのよ。珍しい事もあるのね」

店主なのか、そう言いながら奥から女の人が出てきた。試しに腕に乗せたそのふくろうをレギュラスの方へ差し出すと、見向きもしなかった。なるほど懐かなそうだ。

「この子を下さい」
「よかったね、気に入ったふくろうがいて」

ふくろうと一緒に、エサも何箱か買い店内から出た。明るい場所で改めてふくろうを見ると、その鳶色はとても綺麗で、少し赤みのかかった目も愛らしかった。嘴を撫でれば目を細め、指に嘴を擦り付ける。

「よっぽど気に入ったんだね」
「うん。何だか気になったから。…私の事選んでくれたのかなって」

小振りな鳶色のふくろうは、籠の扉をあけると静かに飛び上がり、私の肩の上に乗った。

「それに、」
「うん?」
「何だか、友達に似ている気がして」
「ああ、リーマス・ルーピン?」
「えっ!な、ど、どうしてわかったの?」
「君とよく一緒にいるだろう?それに、その鳶色は、彼の髪と同じ色だ」

そう言いながらレギュラスがゆっくりと私達に手を伸ばすと、ふくろうが嘴をカチカチ鳴らした。

「こうやって君を守っている所もね」
「え?」

なんでもないと言いながら歩き出したレギュラスの後ろを付いて行く。外はそろそろ陽が落ち始め、ダイアゴン横丁が違う顔を見せ始める時間帯だ。

「コウキって、リーマスが好きなの?」
「うん?勿論好きだよ」
「友達としての好き?」
「えっ…と」
「好きなんだ」
「…大切な友達だよ」
「ふうん」
「な、何?」
「いいや、羨ましいと思ってね。君が…」
「え?」

私に背を向けたレギュラスはそれ以降私を振り返る事は無かった。彼は闇に心を囚われた人だったが、様々な物への愛を知っている人だ。後の世に語り継がれる事の無いその短過ぎる一生を、私が変えたいなんて…おこがましい考えだろうか。

「僕はそろそろ帰るよ。話が出来て良かった」
「付き合ってくれてありがとう。また、新学期で」
「ああ、良い休日を」

その夜、私の部屋の窓をジェームズのふくろうが叩いた。すぐに羊皮紙を広げ、返事を認める。レギュラスに会った事は黙っておこう。
手紙には、5日後ジェームズの家でお泊り会を行うことが書いてあった。私達が全員泊まりに行けるほど大きな家…将来的に、ジェームズはシリウスとリーマスをも養っていたのだから、本当に凄い金持ちのお坊ちゃんなのか。

ジェームズのふくろうとすれ違いに、タイミングよくリリーとリーマスのふくろうが手紙を届けてくれた。みんなに手紙を送ると言っていても、流石に1日で全部は無理だろうと諦めていたが…今来てくれたふくろうに返事を持っていって貰えれば、後はシリウス、ピーター、セブルスに送るだけで済むじゃないか。

ふくろうは皆賢く、揃って窓縁に留っていてくれる。早急に二人への手紙を書き終えて、リリーとリーマスのふくろうを見送った。

「さて…」

シリウス、ピーター、セブルスの手紙をトランプのように持ちながら、ふくろうと見つめ合う私。究極の選択を前に、うんうんと唸る。…どれを一番に頼もうか。

「どうしようか…」

名前をまだ決められずにいるふくろうに問いかけると、一度首を傾げ私の手から手紙を三つとも掴み上げた。驚く私に一鳴きしてから、ふくろうは開いたままになっていた窓から優雅に飛び出していった。賢そうだとは思っていたが、ここまで人間の意図する所を読み取っていくとは。魔法界の動物はそういうものなのだろうか?

雲一つ無い夜空に美しく舞うふくろうが見えなくなるまで窓から見送り、今日買ってきたばかりの本をベッドに寝転がりながら読み始めた。

…久しぶりに夢を見た。今までのような、暗く、悲しい夢ではない。幸せで、幸せ過ぎて、儚い一瞬の夢。

魔法が沢山詰まった家と、幸せそうなみんなの顔。パーティ会場の様に色とりどりに飾られたリビングに居るのは、リーマス、シリウス、ピーター。大人の姿になった彼らは互いに杯を交わしている。奥の部屋から出てきたのはジェームズとリリー。同じく大人の姿の彼らに抱かれているのは―――…ハリー。

「っ―――…」

願望か、現実か。真実か、虚偽か。そこは紛れもなく、私の望む世界だった。そして―――…そこに、私は居なかった。

それでいい、それが正しい世界なのだ。私と彼らの間にマジックミラーを挟んでいるような感覚。だけど…私は多くをみんなに貰いすぎて、きっと欲張りになってしまったのだ。気付いて欲しいと、思っている。久しぶりに見た夢は、嬉しい夢だったけど、少し寝覚めが悪かった。

寝るまでに読んでいた本をサイドテーブルに置き、外の空気を吸おうと、まだ朝焼けの空気が残る窓の外に顔を出した。思っていたよりも風は冷たく、脳裏に残る不安が私の孤独を仰いだ。洗面所で顔を洗い、また窓の外を見ると鳶色のふくろうが見えた。

「おかえり!おつかれさま、ありがとう。はい、ごはん」

嘴を撫ぜると、ふくろうは小さく囁くように鳴いた。その声は悲しそうで―――心なしか、綺麗な瞳も潤んで見える。ふくろうの嘴を撫でた私の指は、ぼんやりと、透けていた。

「ごめん、びっくりしたよね。私、本当はこの世界の住人じゃないんだ。多分、あと何年もしないうちに消えちゃう」

こうして

「でも、やりたい事があって。嘘みたいな話だけど、この世界の未来を少しだけ知っているの。沢山の悲しい事が待ってる…私の知っている通りになるかはわからないけれど」

みんなに

「…少しでも、その悲しみを減らしたい。出来るかどうかは、やってみないとわからないから」

伝える事が

「私ね、この世界に来た事全然後悔してない。みんな本当に大好きなの…守りたい」

出来たのならば

「なんてね。大きな口叩いているけれど、沢山不安はある…恐怖もある。怖い、どうしていいかわからない、自分が何なのかも、わからない…」

一度言葉にすると止まらず、ぼろぼろと弱音が零れていく。私が弱くあってはいけないのに。どんな事があっても、私だけは前を向いていたいのに。

「どうしてだろうね。こんなこと、ダンブルドアにも言えなかったのに。ふくろうになら、言えるよ」

動物だからなのだろうか。透き通る瞳が心を見透かしているようで、虚言など無意味のように感じた。鳶色の毛、優しい瞳。リーマスを彷彿とさせるふくろうは静かに瞬きをして、窓から飛び立っていった。

「ありがとう、ふくろう」

みんなに会えるまで、あと4日。


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