もどれない場所

あれから、まるで嘘だったかのように夢を見る事も、倒れる事も無くなった。ごく普通に、この魔法の世界での生活を過ごしている。全ての不安が杞憂だった、そう思えるくらいに。

私がホグワーツに来て、早くも1年が過ぎようとしていた。
今私たちの目前まで迫っているのは…学年末テスト、だ。

「ぼわあああ!!」
「コウキ!急に変な声出さないの!」
「思考回路がショートしました。もう駄目だ…ごめんね…私は先に逝くよ…」
「コウキ…」

ばし!と小気味いい音が談話室に響いた。

「いった!」
「お前な、折角人が勉強教えてやってるんだ。ちゃんと話聞けよ!」
「ぐう…シリウスに教えてもらうことなんかあってたまるかー!」
「ほーう?言ったな?お前」
「うぐ…古代ルーン文字なんて人が書く字じゃない!ていうか魔法で翻訳しちゃえばいいじゃん!古代ルーン文字なんて…ルーン文字なんてー!」
「い、行っちゃった」
「ホント、嵐みたいな奴だな」
「コウキとルーン文字は相性が合わなかったみたいだね」
「こんな文字と相性合うやつなんかいるのかよ…」
「もう、どこ行っちゃったのかしら?」
「コウキは努力家だからね、図書館に行ったか、少し休憩に行っただけだろう?ね、リーマス」
「え?うん、そうだね」

どたばたと激しい音を立ててコウキが出ていった扉を見る。ジェームズの言った通り、図書館へでも向かったのだろう。きっと唸りながら古代ルーン文字の本を探しているに違いない。

「ボク、様子見てこようかな…」
「ピーター」
「ひっ」
「お前は俺様が折角教えてやっているのを、放棄なんかしねぇよなぁ?」
「は、はい…」

グリフィンドール寮から飛び出した私はうんうんと唸りながら図書館までの道を歩いていた。手にした教科書を一瞥し、溜息を付く。これなら一般家庭に生きる者として必要無いトップスリーの古文、古典、漢詩の授業の方が全然マシだ。私がここで生きるのに必要の無い教科ナンバーワンに任命しよう。面白がって選択するんじゃなかった。本当に本当に後悔している。うんうん唸りながら図書館の扉を開けようと取っ手に体重を掛けた瞬間、ぐいと引かれバランスを大きく崩した。

「ひゃ!」
「っ…」

反対側で扉を開けた人の胸に、大きくダイビングをかました。なんてベタドラ。

「ご、ごめんなさい!」
「…お前」
「あ…セブルス」
「…なにをやっている」
「ちょっと、鼻が…日本人特有の低い鼻が…」

セブルスの胸に激しく鼻をぶつけ、涙目になっていた為に、セブルスと判断するのが難しかった。よろよろと後ずさりし、セブルスを視界に入れる。

「大丈夫か?」
「うん…?」

閉じていた瞼を開くと、そこにはもう一生見られないんじゃないかと思えるようなセブルスの心配した表情が。普段の彼の佇まいからして、決して失礼ではないと思う。

「わ、わ!」
「なんだ…静かにしろ」

どう考えても迷惑極まりない図書館の出入り口での遣り取り。このままでは周りに迷惑がかかると思ったのか、はてさてグリフィンドールの私と一緒にいる所を見られるのが嫌だったのか、人気の少ない廊下の端まで腕を引っ張られた。

「鼻血、出ていないな?」
「うん、大丈夫。ありがとうセブルス」

ハンカチを探す動作をするセブルスを手で静止する。素直に嬉しい所だが、もしここで血を流した私を放置しようものなら、それが人伝にジェームズ達に伝わろうものなら、面倒な事になりかねないとの思考だろう。
まだ私は、セブルスに心配して貰える程、彼にとって大きな存在にはなれていないと思うのだ。これがもし、リリーだったのなら…。いやいや、そういう考えはよくない。

「そうか…じゃあな」
「あ、もう行っちゃうの?」
「生憎暇じゃない。お前も勉強したらどうなんだ」
「それがしてたにはしてたんだけど…ルーン文字が…ちょっと…」
「…苦手なのか」
「うん…というより、あれが得意な人の方が特殊じゃないの」
「まあ…そうだな。あれは、どうしようもない。なぜあんな物を選択したんだ?」

自分で言っておきながら、セブルスにまでそんな事を言われてしまっては終わりだ。私のへの助け舟はもう座礁してしまったのだろう。

「相性だからな」
「仕方ない…正直もうルーン文字に時間割り振ってる余裕が無いから、捨てる事にする。じゃあセブルス、魔法薬学負けないからね!」
「ああ…」

ルーン文字を選択してしまったのだ過去の私をここで激しく恨んでおこう。どう考えたって魔法生物飼育学の方が楽しいと思う。いや、リリーにつられたんだけれども。

「ただいま!」
「だー!騒がしいなお前は!」
「おかえり、コウキ」

シリウスに噛み付かれながら、ソファに座っていたリーマスの横に腰を下ろす。一番の安全圏なのだ、ここは。

「コウキ?」
「ん?どうしたの?」
「いや…」
「お前ら暑いんだよ!勉強しねぇならどっか行きやがれ!」
「シ、シリウス…そんな怒っちゃ駄目だよ…」
「息抜きの間にいい事でもあった?一段とテンションが高いのね。何だか、女ジェームズって感じだわ…」

女ジェームズ!
女子としての何かが私の中で死んだような気がする…。

「い、言えてる…」
「笑わないでよ、シリウス!ピーター!」
「だって…」

息も出来ない程にひいひいと腹を抱えて笑い転げている。隣のリーマスすらも楽しそうに笑うので、脇腹に一発攻撃しといた。

「何で、そんなにテンション高ぇんだよ…」
「そうかな?テスト、楽しみなのかも!」
「ええ…?コウキって、テスト好きなの?」
「ピーターは嫌い?」
「普通、みんな嫌いだと思うけど…」

私は隠しているのだ。笑顔の裏を悟られないように。…いつお別れが来るか、わからない。こんな風に笑い合う事も、いつまで続くのかわからないのだ。どんな事でも今を楽しみたい、心の底からそう思っている。

「ホグワーツにいる時間をさ、大切にしたいんだよ!一期一会みたいなね」
「意味わかんねぇ」
「コウキって、たまに謎よね」
「僕は、わかる、かな?」
「リーマス!」
「だから甘やかすなっつーの!」

リーマスも、同じだろうか。未来の見えない人生の中、大切なのは今で―――それは、儚い物になり得るのだから。

そして迎えた試験日。必死に勉強したお陰でテストは難なく終わった。
ま、学年トップは恒例のジェームズ。ジェームズが天才なのは知ってるけれど、ヘラヘラしといて頭良いなんて何たる不遜。羨まけしからん。もちろんリーマスとシリウスも、10番以内に入っている。ああ、イケメンで頭が良くて優しくてついでに魔法使いだなんて、チート過ぎる。

「ピーター」
「なあに?コウキ」
「私たちって、あの輪の中に入っていていいと思う?」
「そ、それは…」
「ああ、私たちだけだよ…10番以内入ってないの!」

悔しい…実に悔しい。ピーターは心なしか嬉しそうにしているが、成績上位ではない仲間が増えて嬉しいのだろう。私は人生で一番勉強したと豪語出来る程机に向かっていたのだから、どうせならトップ5に入りたかった。儚き夢。

「よ!おっかねぇ顔してんな!」
「なによう、にやにやしないで、もう!」
「落ち込んでいるみたいだね、コウキ!」
「わ、嫌味なトップ」
「でも、コウキだってほぼ全教科3位以内に入ってるじゃない」
「夢の総合10位以内に入ってない」
「ま、当然だな!古代ルーン文字がピーターよりも悪い学年最下位だもんな!」
「うるさーい!」
「でも本当、それが無かったら、学年トップだったかもしれないわね」

だから、悔しいのです。元の世界の学校に通っていた時も、他の教科は良いのに一教科だけ赤点を取って悔しい思いをした事がある。

「いいんだ…諦めたのは私だから…」
「コウキは頑張ったんだから。次、頑張ろう?」
「うん!」
「すーぐそうやってリーマスはコウキを甘やかす!やめとけって」

これから夏休みが始まる。本来は嬉しい長期休暇だけれど、みんなと離れ離れになってしまう事が、私にとっては心を曇らせる原因になる。いつの間にか、私は一人ではいられなくなってしまっていたのかもしれない。

「コウキは、夏休みどうするの?」
「うーん…私はホグワーツか、漏れ鍋に泊まっていると思うよ」
「それなら、僕の家においでよ。是非リリーも来て欲しいからね!」
「え、本当?」

私は入院していた上に身寄りが無いと言うことになっているから(いや本当に無いんだけども)どこにいたって不思議ではない。嘘をつくのは心苦しいけど、私の存在自体が嘘の塊のようなものだから仕方ないだろう。

お金や生活の面は、ダンブルドアが全部賄ってくれている。本当に、感謝してもしきれない。
…それにしてもダンブルドアの富豪具合にぐうの音も出ない。金庫まるまる一個私にくれるような人だ。あまりわがままは言いたくないのだが、それを許さない優しさで私を守ってくれている。

私はホグワーツとダイアゴン横丁の往復になる為ホグワーツ特急には乗らない。少しずつホグワーツから出ていく生徒を見送っていた。

「コウキ、ちょっといいかの」
「あ、はい」

ダンブルドアに呼ばれ、みんなから少し離れた場所に移動した。

「休み中じゃが…ここかダイアゴン横丁でなら、自由にしていてよいからの。何かあればすぐにふくろうを飛ばしておくれ。いつでも使える様フルーパウダーを持つようにな」
「うん、大丈夫。みんな、家に招待してくれているの。…ダンブルドアにはお金の事とか…本当にありがとう」
「いいんじゃよ。私の余生で使うよりも価値のある事じゃ。コウキはそうやって、笑顔をくれるだけで十分じゃ」

本当にいい人だ。というか何てお人よしだ。私の笑顔はお金になんてならないけれど、嬉しくて、たまらない。どうやって恩返しが出来るだろう?私はやりたい事が沢山ある。何かを悲観する余裕すらも、この人達は与えないのだ。素直に、笑顔が零れた。

「金庫のお金はもう全てコウキの物じゃ。自由に使いなさい、好きなものを買うといい」
「ありがとう、ダンブルドア」
「それじゃあ、また新学期にの」
「はい、お元気で!」

赤いホグワーツ特急はとても綺麗で、その中のコンパートメントが夢の空間に見えた。私も乗りたい所だったが、生憎移動方法はフルーパウダーに限られている。この汽車に乗りロンドンまで行った所で、地理感の無い私にマグル側のひっそりとした漏れ鍋を見付けられる自信がない。

「うわあ…!すごいね!」
「そっか、コウキはコレを見るのも初めてなんだもんね」
「うん!夢の乗り物よ」

窓を全開にし、シリウスが体を乗り出す。ホームにいる生徒はもう疎らだ。発車まではと私も体を乗り出して、頭をコンパートメントに入れる。

「じゃあ、梟送るからな」
「沢山手紙書くから、一緒に遊ぶ予定は、そこでね」
「うん、有難う!楽しみにしてるね」
「僕も漏れ鍋に遊びに行くよ。手紙書くから」
「じゃあ、また今度ね」
「私も自分の梟買ったらすぐに知らせるね!それじゃあ、また!」

汽笛が鳴り、もうすぐ汽車は出発してしまいそうだ。ホームの前方ギリギリに立ち見送ろうと歩き出す。少し歩いた所で、窓が一つ開くのが見えた。

「コウキ」
「セブルス!」
「漏れ鍋に泊まるとは、本当か?」
「うん、そうなの。あ、セブルスにも梟送るね!」
「…ダイアゴン横丁に行くときは連絡しよう」
「ありがとう、それじゃあまた!」
「ああ」

大丈夫。私はまだ、ここにいられる。
久しぶりのダイアゴン横丁だ。まずは漏れ鍋の主人に挨拶して、部屋に荷物を置いたらすぐに散歩に出よう。危ない道もあったはずだから、地理を把握しなければ。

その日の夜には、梟が何羽か窓を突付くのを見て、思わず笑ってしまうのであった。


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