ここまでおいで

自分は夢や占い、そういう類の物は気にしないタイプだと思っていた。そもそも夢は見たとしても覚えている事の方が少ないし、現実味のある夢なんてそうそう見るものではなかった。
たかが夢。そう自分に言い聞かせても、何かが引っかかる。理由は、出てきた男だろう。どこかで見たことがある様な気がするのだ。…誰だったか。

「コウキ?」
「わ!」

声を掛けられ、垂れていた頭を持ち上げると、目の前にリーマスが立っていた。覗き込む様にしている体制を、私に合わせて直す。その動作をゆっくりと眺めてしまった。

「どうしたの?そんな眉間に皺寄せて。まるでセブルスみたいだよ?」
「うそ、そんな顔してた?」
「何か、あった?」
「ううん、何でも無いの。それより、具合は?寝てなくて大丈夫?」
「朝よりは平気だよ。寝ているのも飽きたから、少し散歩。またこれから医務室に戻るけど」
「そう、よかった。医務室、一緒に行ってもいい?少し、話出来るかな」
「うん、勿論」
「ありがとう」

医務室はマダム・ポンフリーが不在で、生徒も居なかった。リーマスは一番奥のベッドに座り、続いて私は備え付けのイスに座った。

「いきなりなんだけど…リーマスって、凄くリアルな夢って見たことある?」
「リアルな夢?…うーん、割と頻繁に見るかな?」
「…それってさ、ただの夢?」
「そうだな…恐れている最悪の事態とか、過去に体験した事とかかな。心配事が夢になったりするよ」
「そっか…心配な事…」

私にとって、心配な事、恐れる事は「死」なのだろうか?そんな事を、急に気になるだなんて…。深層心理とはよく言うけれど、それとはまた違う何かを感じているのも事実だ。

「夢が、どうかしたの?」
「少し嫌な夢を見たの。今目の前で起きているような、本当にリアルな夢。寧ろ夢じゃなかったのかもしれない…それが、少し引っ掛かるんだ」

ポツリポツリと、脳裏に焼き付いた映像が、浮かんでは広がっていく。えも言えない恐怖に鳥肌が立つ。

「そっか…夢ってさ、どうって事無い時もあれば、予知夢みたいに大切な事もある。頭の中のコウキが警告をしているのかもしれないし…。引っ掛かる事があるなら、大切な事かもしれない。もう一度、見るかもしれないよ」
「はは…出来ればもう見たくないけれどね」
「コウキ、大丈夫?」
「え?」

元々、余り顔色の良くないリーマスに心配されると、とても悪い事をした気分になった。リーマスにはリーマスの悩みがあるのに、私の事まで気にさせてはいけない。どれもこれも、私の問題なのだから。

「大丈夫、大丈夫。変な事で心配させてしまって、ごめんね」
「コウキの話ならいつでも聞くから…何かあったらまた僕に言って欲しい」
「有難う、ごめんね。体調悪いのに…ゆっくり休んで!リーマスも何かあったら…私に言ってね?」
「ああ、勿論だよ」

名残惜しいけれど、満月前のリーマスと一緒にいるのは良くない気がした。にこりと笑ったリーマスの笑顔が少し苦しげに見える。心配をかけないようにと、出来るだけ自然な笑顔でお別れをした。

―――そして、同じ夢をもう一度見る事は無いまま、満月の日が来た。
その日、リーマスは一日中ホグワーツ城には居なかった。きっと、居場所は叫びの屋敷だ。
物足りなさを感じたまま一日は過ぎ、その焦燥感は夜になっても消えず、消灯時間を過ぎても眠る事が出来なかった。このままベッドにいても寝付けないだろうと、談話室に向かう階段を下りていた、が。談話室から人の気配を感じ、足を止めた。

「―――…」
「…」
「…――?」

三人…?談話室に居る人物にバレないように、そっと扉を開けて覗き見る。予想通り、そこに居たのはジェームズ、シリウス、ピーターだった。きっと、これから禁じられた森に行くのだろう。三人は透明マントを被り、グリフィンドール寮を抜けていった

―――気になるけど…付いて行くのは、得策ではない。生身の人間の私が行ったところで、何の役にも立たなのだ。それがわかっていたから、心が苦しかった。先ほどまでシリウスが座っていたソファに腰を落とす。

リーマスは自分の秘密を隠す為に、人を寄せ付けないのではないか。ジェームズ達以外を受け入れないのではないか。私は、勝手にリーマス像を作っていて―――…だから、本当のリーマスの優しさが痛かった。何の隔たりも無く接してくれる。…私は、リーマスの力になりたい。私が出来る事は何だろう、私には何が出来るんだろう…?

そう考えているうちに、また急に睡魔に襲われた。ゆっくりと、闇に堕ちて行くかのように…

「また会ったね」
「貴方、は…」
「まだ、いるんだ?」
「…戻り方が、わからない」
「わからない?そんなはずは無い」
「どうして?私をここに連れてきたのは誰!?」
「僕は、記憶。君を操るのは、意志」
「なに、意味が…?」
「…今日は確か、綺麗な満月だったね…雲ひとつ無い。苦しみは、少ない、かな?」
「何の、事…」
「賢い君ならわかるだろう?」
「貴方は、私の何を知っているの?」

ふふ、と不敵な笑みを浮かべた青年の影が、薄くなる。真っ黒な闇に、溶け込んで行く。前回見た時よりも邪悪な物を感じる。もしかしたら、あれは同じ皮を被った別の存在だったのかもしれないと思う程。

「待って!」
「君の力が欲しい。未来の自分を想像して」
「っ―――…!」

急に背後に引っ張られる感覚が襲う。内臓が口から飛び出そうだ。

「哀れな狼は、無事かな…?」

最後に聞こえた言葉が、風を切るような轟音を抜けて耳に届いた。狼…リーマスの事を言っているの?浅い意識の中、苦しそうにもがくリーマスが、見える。苦しい。胸が苦しい、感情が全て寂しさで埋まる。青年は、もう見えない―――…

「…コウキ?」
「っ…う…」
「魘されてる…?」
「なんで、こんなところに寝てるんだ?」
「もしかして、ボク達が抜けだすところ、見られちゃったんじゃ…!」
「それならまだいい。外までついてきていたら…?」
「…起こせば、わかる事だろ」
「ちょっと、シリウス!」
「おい、コウキ、起きろ」
「う…ん…?」

思いきり揺さぶられ、ゆっくりとした動作で瞼を持ち上げる。頭が重い…体を酷使した後のような疲労感にぐったりと頭を落とす。

「シリ…ウス…?」
「お前、何でこんな所で寝てるんだよ?」
「あ、れ?談話室…そうだ、眠れなくて下りてきて…そしたら急に眠気が…」
「こんな所で寝てたら、風邪ひくぞ」
「あ…リーマス…リーマスは!?」

一瞬で、三人の顔が強張った。私の肩を掴んでいたシリウスの手が、ぐっと強くなったのがわかる。

「あ、いや…違う、か…」
「コウキ、どうしたの?」
「リーマスがどうかしたのか?」
「ううん…夢を、見たの…」
「どんな夢?」
「リーマスが…苦しそうだ、った…」

三人が顔を見合わせる。不思議だ、とでも言いたげに。

「リーマスは医務室にいるよ。体調が良くならないみたいでね」
「シンクロしたのか?」
「シンクロ?」
「ピーター、お前が聞いてどうする…」
「ご、ごめん…」
「…そう、なのかもね」
「コウキ?」
「ううん、何でも無い。それにしても、三人は早起きね?まだ、5時じゃない」

一瞬驚いた顔をして、ジェームズがつれションだよ、と笑った。気付いていないフリをするのは、まだ力の無い自分を責めるため。

リーマスは、午後の授業で戻ってきた。まだ顔色は良くなかったけれど、もう大丈夫だよと笑う顔が、医務室で見た時よりも良好に見える。あの時とは逆に、出来るだけリーマスの傍に居たい、そう思うようになった。

「リーマス、ご飯食べれそう?」
「うん、もう大丈夫だよ。大広間に行こうか」
「ちょっと待ってて、リリーを呼んでくるから」

さっき、ジェームズと喧嘩したみたいで、一人になりたいと部屋にこもっていたけど…大丈夫かな?喧嘩と言っても、まあ…ジェームズのせいっていうか…なんというか…。

「リリー?」
「コウキ!」
「大丈夫?夜ご飯、食べに行かない?」
「ええ、行くわ!ちょっと、待っててもらっていい?羊皮紙、まとめるだけだから!」

喧嘩していたはずなのに、何故だか嬉しそうなリリーの表情。ベッドには羊皮紙が散らばっていて、窓にはジェームズの梟がとまっていた。…仲直りのはやい事で。多分、リリーのベッドに散らばってる羊皮紙はジェームズからの手紙で…謝罪の言葉でも並んでいるのだろう。そして、トーストに乗せたバニラアイスととろとろの蜂蜜のような―――甘い言葉。
リリーが幸せなら、それでいいのだけれどと、笑みが零れた。

「いいわ、コウキ、行きましょう」
「う、うん」

リリーの機嫌のよさに少し及び腰になる。そんな私を気にも止めてないみたいだけど…。ジェームズは凄いなあ…ジェームズに限った事では無いけれど。ハリーもそんな子になるのかな…。ちょっと、想像したくない。

「やあリリー、ジェームズと仲直りしたのかい?」
「ジェームズがどうしてもって言うから、仕方なく許してあげたのよ!」
「ジェームズも、リリーには甘いね」
「愚問だな!」

まるでセブルスを連想させるかのようなセリフ…。そう言ったらどんな顔で怒るか。折角仲直りしてご機嫌のジェームズをわざわざ急降下させる必要も無いと、口を噤む。

「ジェームズ、部屋から出てこないのかと思ったよ」
「愛しのリリーに許しを頂けたからね!さ、リリー、一緒に大広間へ行こう!」
「全く…調子いいんだから」
「あー!リリー呼んだの私なのに…」

そんな私の言葉を聞いてか聞かずか(どうせ聞こえないフリだろう)ジェームズはにっこり笑ってリリーを連れ去った。今日は先手を取られたか…。

ジェームズたちの後ろを呆れた表情を浮かべながら歩くシリウスとピーター。意外と言えばシリウスだ。常に女を侍らせてるイメージだったのに、案外硬派だ。モテてはいるけれど、いつもジェームズ達との悪戯を優先させている。

「コウキ?ボーっとしていたら置いて行かれるよ」
「あ、うん」

大広間では、いつものように沢山の人と、賑やかな声で溢れ返っていた。この場に来ると、本当に異世界に来たんだと実感する。私をいつも初心に返らせてくれるのは、この場所だ。

「シリウス、チキンばっかり食べてたら、そのうち頭も鶏になるよ」
「なんだと!?」
「3歩あるいて覚えてるのは照焼きチキンの事だけかもよ!」
「いいこと言うね、コウキ」
「意外だな!コウキって、そう言う事も言うんだ?」
「尊敬するところではないよピーター君。私もやられてばかりでは無いと言うことさ」
「俺がいつ何したってんだよ!」
「女の子を起こす時は優しく起こすものよ」
「なっ!あれはお前が魘されてたからだろ。逆に感謝されるところだと思うけどな。なんだ?それともキスで起こされたかったか?」

シリウスがニヤリと笑う。もう、この人達のシタリ顔は心臓に悪い。有無を言わさず体温を上昇させる力があるのだから質が悪い。

「なにそれ変態。どうしようリーマス、変態チキンに唇なんて奪われたら死んでも死にきれない!」
「大丈夫だよコウキ、僕が消毒してあげるから」
「「「「「…。」」」」」
「え、なに?」
「リーマスって、意外性の塊だよね」
「ああ、言えてる」
「リーマスなら年中無休で受付中だよ!」
「だめよコウキ!獣に騙されないで」
「…リリーも結構言うよね」
「あら、そうかしら?」
「そんな毒舌なリリーも素敵だよ!」



幸せな毎日。自分の身は、自分で守ると決めた。私は闇に屈したりなどしない。
夢の青年―――ノイズが取れたその顔に私は見覚えがあった。

トム・マールヴォロ・リドル

私と彼は、どこかで繋がっているのだろうか。

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