唇で返して

目を覚ませば薄暗い部屋のソファの上だった。この家の主人は本当に薄暗いじめじめとした雰囲気が好きだと思う。蝋燭をつけても、カーテンを開けてもどことなく薄暗い部屋で孤独を感じ身震いをした。

消えてしまっている蝋燭に次々火を付け、消えかけの暖炉に薪を投げ入れる。この部屋では珍しく、目に優しい灯を見つめ、一つため息をついてからキッチンへと向かった。

お湯を沸かして棚からインスタントコーヒーを取り出す。…ああ、砂糖が切れていたんだっけ。自分の事に無頓着な主人は本当に困る。この家に滅多に帰って来ない所為もあるんだろうけど。彼の帰宅率の低さから言って、砂糖など蟻の餌にしかならないのかも。

「いたのか」
「あれ、おかえりなさい」

キッチンの扉が音もなく開いたと思ったら、扉の向こうには噂の主人が立っていた。暖炉からでは無く、外を歩いてきたのか肩と湿ったような頭に雪が乗っている。

「今コーヒーを煎れるから、暖炉で暖まっていたら?」
「ああ」

少し大きめのタオルを渡し、リビングへ向かう後ろ姿を見送った。
必要最低限の単語しか使わない彼と話すのは心地良い。言葉が足りなくて誤解されやすいのだが、節々に嫌味や優しさが見え隠れする声色が私を落ち着かせてくれる。

「どうかしたの?」
「別件でな」
「珍しいね」

いつもは学校に居る為、自宅には滅多に帰らない。
そんな彼が長期休暇でもないのに突然帰ってくるのはとても珍しい。決して良い意味だけでは無いだろう″別件″という言葉に気後れするが、今はただ目の前にセブルスがいる事を喜んだ。

「いつ戻るの?」
「明日の昼だ」
「そう、じゃあ夕食作るから、待ってて」
「ああ」

買い物に行こうと外出準備を始め、財布とマフラーを引っ掴み玄関へ向かうと、先程脱いだばかりのコートを羽織ったセブルスが立っていた。

「またどこか行くの?」
「買い物に行くのだろう?」
「ええ…」
「我輩も行こう」

これまた珍しい申し出だ。彼と買い物に行ったことなどあっただろうか?食料品の買い出しだというのに、年甲斐も無く心が躍る。

「寝ていたのか?」
「うん、朝掃除しようと思って来たんだけど」

骨ばった大きな手が私の後頭部を撫でる。何事かと驚いて彼を見れば、逆の手で杖を振っていた。

「寝癖だ」
「本当に?恥ずかしい」

撫ぜて直すつもりが、予想より頑固だったのだろう。杖をポケットに仕舞い、そのまま両手をポケットに突っ込んで玄関を出た。

「寒い」
「冬だからな」
「そうだけど」
「何だ?」
「いつもは、そんなに寒くない筈なのに」
「どういうことだ?」

静かに前を歩くセブルスを抱き締めた。コートは冷たいが、芯の方から暖かさが伝わってくる。いつもはいないセブルスが今ここにいる。その存在を目に映しているのにも関わらず、触れていないという事実が寒さを感じさせるのだろう。

「暖かい」
「生きているからな」

セブルスはポケットから手を出して、私の手を取りまたポケットへと入れた。こんなこと、しない人なのに。明日世界が滅ぶのか?それともセブルスが死に逝くのか?不安が頭を過るが、そう言ったら止めてしまうかもしれないので何も言わず身体を寄せた。

「何食べたい?」
「何でもいい」
「じゃあハンバーグ」
「お前が食べたいのだろう」
「バレたか」

今すぐステップを踏みながら踊り出したい気分だったが、喧しいと怒られるので心の中だけで済ませる。はあ、と吐き出した息が白いことすら面白い。いつもならその白さを見て、体の芯まで寒くなるような気がするのに。

「嬉しい」
「そうか」
「ありがとう、セブルス」
「礼を言うなら別件を寄越したダンブルドアに言えばいい」
「確かに」
「セブルス」
「なんだ」
「だいすき」

顔を見上げて笑えば、冷えた唇が触れた。ああ、なんて愛しい人なんだろう。






「セブルス、大変!」

そんな私達に色々な意味で衝撃が走ったのは半年後。ダンブルドアが呼んでいる、という主旨の手紙をセブルスの梟が運んできて、何年振りかのホグワーツに向かった私。

そして校長室で話を受けた後、まだ授業中であろうが、そんな事を言ってる場合ではないと魔法薬学の教室へと飛び込んだ。

「…紹介しよう、来年度から魔法薬学の教授になる、コウキ・ユウシだ」
「…よ、よろしくどうぞ」

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