こっちをむいて!

「あーあつい」
「頭おかしくなった?」
「失礼な」
「今は冬だよ」
「知ってるよ」

むすっと唇を突き出し暖炉の火を見つめる。上半身を暖炉側に突き出している私には、隣に座り本を読んでいるリーマスの顔は見えない。今更目を見て話す事も無いと思えるくらいには仲がいいと自負している。
目前でパチパチと音を立てながら火の粉が消えていく。私の気持ちもあんな風に綺麗に消えればいいのに。

「気温の話じゃない」
「何の話?」
「別に」

会話になっていない。ここに誰か居ればそう突っ込まれる事だろう。だが今この空間には私とリーマスしか居ない。だからといって甘関係では無い事が今の私を苛立たせる原因だ。

関係を表す言葉は簡単で、私とリーマスの間には単純な矢印が一方に向いているだけの一方通行。私がいて、リーマスがいて、その先には行き止まりが待っている。
行き止まりで待っているのはかわいい女の子。私みたいにガサツじゃなくて、人形みたいな子。そんな子になりたかったとは思わないけれど、ただ悔しい。誰も悪くないのに。

「努力すれば何にでもなれるのかな」
「努力は無駄にはならないよ」
「はあ無理無理、私には似合わない」

ダイエットして、ふわふわのパーマをかけて、ブランド物の化粧品で化けて、ピンと背筋を伸ばして、綺麗な言葉遣いをする。それは簡単なようで、私には難しい。似合わない。

「コウキはそのままでいいんじゃない?」
「え」
「ダイエットなんてしなくていいし、折角綺麗なストレートを崩す必要もないし、化粧だって整っているんだからしなくても十分だと思うし、僕はそのままの君の方が素直でいいと思うけど。まあ、背筋は伸ばした方が体には優しいかもしれないね」
「…うるさい」

口に出していた恥ずかしさに顔を抑える。先程からリーマスは動いていないし、いつものように本に視線を向けたままさらりと零した台詞だろう。そういう事、誰にでも言うくせに。

「違う。気温が暑いんじゃなくて物理的に熱い、あんたのことだっての」
「僕?」
「もう約束の時間になるんじゃない?はやく行ったらどうなの」
「怒ってる?」
「怒ってない!わかっててそう言う方が腹立つ」
「それは悪かった」

じゃあ、と言って読んでいた本を机に置きリーマスは談話室から出て行った。あの子に嫉妬している自分も、振り向いてくれないリーマスも腹立つ。理不尽極まりない事は重々承知だ。
今頃あの優しい笑顔を、私には見せない表情を、あの子に見せているんだ。届かないことがこんなにも苦しいなんて。

「コウキ、ちょっといいかな」
「なに?」

大広間で昼食を取ったあと、みんなとは別れて中庭に出た。ふと気配を感じて振り返ればレイブンクローの制服を着た男が立っていて、言われるがまま人気の少ない木陰へと腰を落ち着かせた。

「君が好きなんだ」
「…それはどうも」
「僕と付き合って欲しい」

こんなときまであいつの顔が被る。好きだって、私の事が好きだって言って欲しい。
もう、どうにでもなってしまえ。

「え!レイブンクローの先輩と付き合うですって!?」
「ちょ、声大きいよリリー、落ち着いて」
「落ち着いていられるわけないじゃない!どうしちゃったのコウキ!」
「いや、まあ…彼には悪いけど、これで忘れられたらって」
「…忘れちゃうの?」
「だって、もう、無理だよ」
「コウキ…」

一年半、ここまで一年半もかかった。好きになって、でも同性同士のような付き合いをしてきたリーマスに告白なんて出来なくて。そうやってだらだら過ごしていたら、いつの間にかリーマスには彼女が出来ていた。それでも想って、想って―――報われない。

「コウキに彼氏が出来たって!?」
「だからお前も声がでかいっつーの!」
「それで…本当にいいの?」
「どうしたって私の勝手でしょ。私はジェームズとシリウスの彼女でも娘でもないの!」
「リーマスに言うのかい?」
「…私の口から言うつもりはないけど」
「僕は何も言えないけど、でも」
「何でみんなそんな風に言うの?ちょっとは純粋に祝福してくれたっていいじゃない。私が違う人と付き合っちゃ駄目なの?私がリーマスの事好きでいたって、リーマスは私の事なんて見てないじゃない!」

ガタン
一瞬静まり返った部屋に何かが落ちる音が響いた。はっとして後ろを振り向くと、そこにいたのはリーマスだった。いつも穏やかに細められる目が大きく見開き、不自然に宙を彷徨う手は、足元に落ちている鞄を先ほどまで持っていたのだろう。

「っ…」
「コウキ!」

リリーが私の腕を掴んだが、それを振り切って走った。狭い入り口でリーマスと向き合う事が無いように、下を向いて談話室から出る。

終わった、終わったんだ。私の恋はこれで終わった。どうせ叶わない恋ならば知られずにいようと思ったのに。
もう顔を合わせる事なんて出来ない。前みたいに談話室でだらだらと話をしたり、一緒に箒で空中散歩したり、満月の後に医務室にお見舞いに行ったり…もう何も、出来ない。

知られてしまったんだ。ずっとずっと隠していたのに。
こんな風に、終わるんだ―――

「う、っ―――…」

いつの間にか零れ落ちていた涙を拭う事もせずただひたすらに走った。突き当たった壁にもたれ、ずるずると床にへたれこむ。無我夢中で走ってきたからここがどこだかわからない。誰もいなければそれでいい。誰にも会いたくない。

「コウキ!」
「っ!」

後ろから抱き締められ一瞬息が止まった。抵抗してみても目前は壁、押し付けられるようにされてはうまく体を動かす事が出来なかった。振りほどく事を許さないその腕。自分の肩口から見える髪は鳶色だった。…そんな確認をしなくてもさっきの声でわかる。私を呼んだその声はリーマスのものだ。

「離して、よ!」
「いやだ」
「何言ってんのよ、ばかじゃないの!」
「僕はばかだ」
「ちょっと、やだ、やめてよ…やだって、ば、か…!」

よくわからない緊張で段々力が抜けてしまい、抱き締められたまま、また泣き出した。
何で追いかけてきたの?何で抱き締めるの?何で離してくれないの?言いたいことは沢山あるのに全部声にならない。やっと落ち着いた頃には足が痺れていた。

「…っ、もう大丈夫だから、離して」
「…」
「足痺れたんだってば、離してよ」
「、ごめん」

離れた温もりにまた涙が出そうになる。何て勝手な奴なんだ、私は。

「コウキ」
「…なに」
「ごめん」
「何が」
「気付かなくて」
「…」
「コウキ」
「なによ!」
「好きなんだ」
「は?何それ今私に言う事?彼女に直接言えばいいじゃない」
「違う、違うんだ」
「なに、もう…なんなの!」

もうリーマスの顔なんて見たくない。そう呟いてまた溢れそうになる涙を必死に堪える。向き合っていなくて良かった。こんな顔見られたくない。

「コウキが好きなんだ」
「…は?」

余りに予想範囲外の言葉にぴたりと涙が止まる。振り返りそうになってから、自分の顔を思い出して思い留まる。今、なんて。

「意味わかんない…彼女は?」
「別れたんだ、結構前に」
「え」
「コウキが好きだったんだって気付いて振ったんだけど、ちょっと、色々あって」
「え…え?どういうこと…」
「離れられない事情があって、ちゃんと別れたって言えなかったんだ」
「な…」
「ごめん」
「いや、もう、頭がこんがらがって、意味が…」
「ちゃんと落ち着いたら告白しようと思ってた」
「それが、今?」
「いや、違うけど…ただ、コウキに彼氏が出来たって聞いて、確認しようと思ったら談話室で…」
「…そ、う」

何かよくわからないけど、私はリーマスが好きで、リーマスが私を好きってことでいいんだよね?落ち着きを取り戻した所で、今度は今にも窓から飛び出しそうになる気持ちを抑えるので精一杯だ。

「詳しい話は、後でして」
「わかったよ」
「リーマス」
「うん?」
「ずっと、好きでした。今も、すき」
「ありがとう。僕も好きだよ」

意外と嬉し涙は出てこなかった。嬉しさで顔がほころぶ。ぐちゃぐちゃな顔だけど、振り返ってリーマスを見る。リーマスもちょっと情けない顔をしていて、笑いが零れた。

「やっぱりコウキは笑ってる顔が一番かわいいよ」
「じゃあ、これからは泣かせないで」
「精進するよ」

一年半前の私に教えてあげたい。
私はこんなにも幸せですよ、って。
そして、ばかは私でしたよと。



おまけ



「そういえば、レイブンクローの人と付き合うって話は?」
「ああ…嘘だよ、嘘」
「え?」
「付き合ってみようとは思ったけど、リーマスの顔が被ってやっぱり無理だったから断った」
「なんだ…驚いたよ」
「リリー達に話したときも、後で嘘だよって言うつもりだったけど、みんなしてリーマスはリーマスはって言うから…ちょっとカッとなって…ね」
「まあでも、よかったよ、他の人にとられなくて」
「というかリーマスは誰から聞いたの?」
「いや、シリウスが物凄い形相で走ってきて、コウキがーって」
「あの一瞬の間に…」

シリウスにはその内ビーフジャーキーでもあげよう

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