背中合せ

スリザリン寮ーーー
そこの生徒というだけで大体の人間像は出来る。自分はその中の一人に過ぎないと、そう思っていたのは6年生の始めまで。

「…」
「そんな冷たい目で見ないでくれよ」
「構ってやってんのにその態度は無いだろ?」
「はは、集ってるの間違いじゃなくて?」
「お前が言うなよな!」

図書館を出てすぐの廊下。そこで私は犬猿の仲であるはずのグリフィンドール4人組に話しかけられている。確か、スネイプとよくいざこざを起こしている人達だ。全く接点なんて無いのに、何なの?という目で見遣る。

「それで?校内一の人気者のグリフィンドール様方が何か私に用でも?」
「結構言うねえ」
「…こうやって囲まれてるのも、あんまり良い気分じゃないんだけど?」
「そうだったね。早々に用件を済まそうか!」
「お前、今度のホグズミード、行くだろ?」
「…は?」
「誰かと一緒に行く予定が無いのなら僕らと一緒にどうかな?」
「…はあ」

呆れてモノも言えない、という意味での溜息が。調子の良い彼等の脳内は肯定の意に捉えたらしい。私が驚くのはホグズミード行きの朝、大広間でだった。

「さあ、コウキ!準備は出来たかな?」
「気安く呼ばないで」
「いいだろ名前くらい」
「気高い苗字を捨てた貴方にはわからないことかしら?」
「お前な…!」
「シリウス、やめろ」
「…いちいち癇に障る奴だな…」
「だったら構わなければいいだけじゃない」

心の奥底からそう思う。しかし、ふんと鼻を鳴らして寮に戻るつもりが、四方を固められては私の意思を貫き通す事は出来なかった。手荒な真似だけはされなかったが、否応なしに私は彼等と道中を共にする羽目になったのだった。

「それにしても、コウキってスリザリンっぽくないよね」
「そうかしら」
「だって、普通ならどんな気まぐれだって僕らと一緒にいる事なんて選ばないだろう?それは、僕らに気を許してくれてると思ってもいいのかな」
「否応なしに連れてきたのは貴方達でしょ。今はもう諦めてるの。明日には杖を向けていたっておかしくないわ」
「そんなところが魅力だね」
「わけわかんねー女だな」

私に言わせれば"わけわかんない"のは貴方達だというのに。私に構うのは何故?ライバルであるスリザリンの尻尾を掴みたい?…こんな事を考えるなんて、私も酷く暇なのだなと自己解決した。

「ね、アイス食べよう。新しく出来たんだ!今ならちょっとおまけしてくれるんだよ」
「ここで待ってて、僕が買って来るよ」
「え?ええ…」

そそくさと店内へ消えてて行ったのはポッター、ルーピン、ペティグリュー。残ったのは何故かシリウス・ブラックだった。

「…」
「…」
「何か喋れよ」
「どうして私が貴方との会話の為に話題を振らないといけないわけ?」
「…ほんっとかわいくねえ女だな」
「貴方の周りにいる女の子がかわいいだけよ、私は普通」

今までで一番不服そうな表情を見せたが、仲裁に入るかのように登場したポッター達によってその表情は見えなくなった。

「こんな一瞬の内にまた喧嘩してたの?」
「違う」
「なんだって騒がしい会話なんだね、シリウス」
「…どうだっていいだろ」

くすくす笑うルーピンの表情が何処と無く黒い。彼はたまにスリザリンにも匹敵する何か、狡猾を持っていると思うのは…私だけだろうか。

「ねえ、今度は一緒に禁じられた森探検でも行かない?それか、箒で飛び廻るのも楽しいよ」
「おあいにく様。私はそんなに暇じゃないの。これ以上貴方達と一緒にいて注目の的になるのも賢くないわ」
「そんな事気にしてるのか?」
「私は貴方達みたいにも、スネイプみたいにもなりたくないの。大勢の中の一人でいいわ、それじゃ」

それから、私はずっと彼らを避けるように生活した。今までは気にもしなかったのに、意識して彼らから逃げていた。話しかけられないように、出会わないようにと。

「おい!」
「!!」
「…何かあったのか?」
「何も」

しかし、何れ程努力してもこの様。結局は私と彼らを出会わせる。ねえ神様どういうつもり?信じてなんていないけど。

「怪我してるのか?」
「何でも無いってば、」
「っ…悪い」
「えっ…きゃ!」

制服をべろりと捲られ怯み、しかし思いきり蹴り飛ばそうと腹部に力を入れた瞬間、身体に走った痛みに思わず動きが止まる。

くっきりとそこに記された痣は、陰湿な彼らのファンにやられた傷だ。陰湿だなんて、他人の事言えないけど。

「や、め…っ」
「…誰にやられたんだよ」
「誰だっていいでしょ、アンタに関係ない」
「医務室、行くぞ」
「嫌!やめて、離して」
「何だってそんなに俺を拒否する?まさか、俺が原因なのか?」
「…っ」

やめてよ、そんな顔しないで。どうして私に構うのよ。私なんて取るに足ら無い大勢の中の一人。暗い地下牢の隅で黙っているだけで十分。ぎり、と奥歯が鳴った。

「悪い、俺らのせいだよな」
「自覚あるなら、もうやめてよ」
「…」

医務室行けよ、と残して、シリウス・ブラックはその場から去った。
そう、それでいい。元々相容れない存在なのだ、もう話す事なんて何も無い。すれ違ったって、目を合わせる事も無い。

「う…っ、く…」

どんなに声を抑えても、どんなに目を擦っても、流れる涙は止まらない。これでいい。誰も傷つかない。誰も…

「一人で泣いてんじゃねえよ」
「っ!」
「んだよ、お前の中じゃ俺はそんなにクソ野郎なのか?」
「や、だ…」
「…コウキ」
「っ―――!」

彼に初めて名前を呼ばれた。その男の胸の中、一番近い所で。

「寮が違ったら駄目か?スリザリンとグリフィンドールじゃ…駄目なのか?」
「何、言って…」
「お前の言う通り、家に反してこっちにいる。けどな」
「…」
「俺は、お前が好きなんだ。それが…傷つける結果になって悪いと思ってる、だが」
「もういい、いいよ」
「…何がだよ?」
「わかったから、ありがとう、私みたいな雑草を見付けてくれて」
「おい!」

私はその場から走り去り、中庭で足を止めた。本当はどこまでも走って行きたい気分だったが、お腹の痛みがそれを許してくれない。

「っはあ…はあ…いっつ…」

馬鹿みたいに走って、息を切らせて。何やってるんだろう自分。虚しさを抱えたまま木陰に倒れ込んだ。涼しい風が私を撫でて行く。一瞬で過ぎ去るそれが、今の私にはとても苦しかった。

「ブラック…シリウス・ブラック…」

目を瞑っていると、先程の台詞がぐるぐると頭の中を廻る。嬉しくない筈が無かった。私は何時の間にか彼を気にしていたのだから。自分でもよくわからない感情と、体裁と、そして存在意義。

「私だって…」

"すきだよ"
そう呟いた瞬間、思いきり身体が宙に浮いた。視界がぐるりと変わり、支えを無くした身体はすぐそばにある何かにしがみつき、バランスを取る。

「きゃ…」
「馬鹿、怪我してんのに走りやがって」
「シ、シリウス・ブラック…」

宙に浮いた気がしたのは、彼が私を抱き上げたからだった。所謂お姫様抱っこをされ、私はしがみついたまま。まず状況に着いていけていない私はその端麗な顔をまじまじと見る事しか出来なかった。

「もう一回言え」
「何、よ…」
「こんな時にまでかわいくねえのな」
「ならほっといて―――」
「好きだ、俺はコウキが好きだ」
「っ…」
「お前がスリザリンだろうが関係無い」

どうにもいたたまれなくなって、私は彼を抱き返した。恥ずかしさも通り越して、しがみ付くように、強く。

「…まあ、いいか」
「シリウス・ブラック―――」
「なあ、それやめろよ、名前だけで呼べ」
「シリウス…ッ!」

ちゅ、と軽い音を鳴らして、目の前にあった彼の顔が離れた。あまりの素早さに目を閉じる暇も無かった。

「な、な…」
「今、続き言おうとしただろ」

そう言って、今まで見せた事の無いような笑顔を見せる。意地悪そうな、嫌味な笑みでもない…自然の、優しい笑顔。
そんな顔も出来るんだと惚けている間に、午後の授業を知らせるチャイムが鳴った。

「あ、時間…」
「いいだろ、別に」
「な、何言ってるのよ!」
「一時間くらい、どうってことない」
「…はあ」

この先、こんな事が無いように躾なければと思考を巡らす私は、もうシリウスの魅力に引き込まれているのだと悟った。



(あら、私より頭悪いのね)
(うるせえ!)

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