真夜中の出来事

※プロ野球選手榛名と社会人阿部くんの話(暗い)








なんとなく腕に圧迫感があって目が覚めた。
普段睡眠の途中で目が覚めるなんてことはない俺だけど、身体のどこかに違和感があったらパッと目が覚める。
チラリと窓を見るとカーテンの隙間からはぼんやりとした光が射し込んでいた。どうやらまだ夜中らしい。


目が覚めた原因である腕─大事な左腕に目をやると、すやすやと寝息をたてているタカヤがいた。
そういえば昨日はタカヤが来てたんだっけ。昨日の夜、ビールとつまみの入ったビニール袋を持ってやってきたタカヤのぶすくれた顔を思い出す。
次の日が久しぶりのオフということでタカヤに会いたくなった俺は、昨日の夜タカヤの仕事が終わったくらいの時間を見計らって電話をかけた。
同僚に飲みに誘われていたらしいコイツは「もっと早くに言っておけ」と文句を言っていたが、急用ができたとかなんとか言って約束を断りこっちに来てくれた。
結局は自分を優先してくれるとわかっているから、俺はコイツが同僚と飲みに行こうが昔のチームメイトと遊びに行こうが気にしないことにしている。
二人で隣に並んで酒を飲み、オフの一日中タカヤと家にいることを決めた俺は少しだけ酔ってしまった。
タカヤの肩に寄りかかると、重いと言いながらも邪険にはしなかった。タカヤの頬はほんのり赤くなっていた。
こうやってお互いに少し酔っているとき、俺はタカヤに甘えることにしている。
普段はこういうことをすると照れて嫌がるコイツが、「酔っているからしょうがない」と言い訳できるように準備してから甘える。
タカヤもそれをわかっているんだろうが、なにも言わずに甘やかしてくれる。
コイツのこういう素直じゃないところが可愛いと思うけど、それを言うと機嫌を損ねるかもしれないので俺もなにも言わずに甘えておく。

いつ頃寝たのかは覚えてないが、俺が寝たときタカヤはベッドにいなかった。
その頃にはお互い酔いは覚めていて、チェックしなければならない書類があるからと言ったタカヤは静かにパソコンを開いた。
タカヤを抱きしめながら寝ようと考えていた俺は唇を尖らせて文句を言ったが、「明日アンタとゆっくり過ごすためです」だなんて言われてしまったら笑顔で従うしかない。
枕に顔を埋めると、一緒に住んでいたらもっと一緒にいられる時間が増えるのに、とこれまで幾度となく考えたことが脳裏によぎる。
しかしこれは何度もタカヤに進言しては断られていることだ。

「たまに会ってる後輩と、一緒に住んでる後輩じゃ、世間の俺に対する興味も変わってくるんです」

そう言ったタカヤに、俺は何も言えなかった。
プロ野球選手ってのは若いうちに結婚して家庭を持つ人が大半なので、ずっと独身でいるとあらぬ噂をたてられることも少なくない。
自分で言うのもなんだが、俺はけっこう活躍しているからそういった週刊誌の記者に追い回されたことも何回かあった。
もし一緒に住み始めたとして、そういった記者の目にタカヤはどう映るだろうか?『人気も実力もあるのに、浮いた話はひとつもない榛名元希。実は同性愛者だった!』なんて見出しの雑誌が発売されてしまう可能性がないとは言えない。
ずっとプロになるためにやってきた。その結果得たものは大きいが、捨ててきたものもたくさんある。
タカヤはそのことをよくわかっている。だから俺の誘いに頷くことはないのだ。
大学に進学し、卒業後は無事就職してサラリーマンとして働くタカヤにも生活がある。
そんなタカヤの生活を壊してでも一緒にいてほしいと言えるほど、俺もタカヤも若くなかった。
タカヤが俺の人生を壊すことを恐れているように、俺はいつかタカヤが俺から離れていってしまうのではないかと恐れている。
たまにしか会えない俺に愛想を尽かして、いつでも会える恋人を作って、結婚して、家庭を築いて…そうやっていつかは俺との繋がりもなくなってしまうのではないか。
時間ができて連絡をする度に「今日は無理です」と断られてしまわないか内心ビクビクしている。

以前タカヤが俺に「誰かと結婚したくなったらうだうだ悩む前に言ってください」と言ったことがあった。
そのとき俺はタカヤを怒鳴りつけたが、その行動は俺の想いを見くびるなという怒り半分、もう半分は、いつか捨てられてしまうのではないかと怯えているのはタカヤではなく俺の方なのだと実感したことによる動揺からくるものだった。
いつだってタカヤは真剣に考えてくれていた。きっとたくさん悩んだだろう。
そして覚悟を決めて俺と付き合っている。タカヤが好きで、だから一緒にいたい。世間に何を言われようが大丈夫、なんて考えていた俺はまるで子供だった。覚悟がないのは俺の方だったのだ。

いつだってコイツは、俺のことを考えて、自分を犠牲にして、俺のために、そんなの、どんだけ俺のことを愛してるんだって、泣きたくなった。
いつ切り捨てられてもいいと考えながら傍に居続けるなんて悲しすぎると思った。
そんなコイツを俺はぎゅっと抱きしめることしかできないのだ。
そしていつも、抱きしめているはずのこちらが抱きしめられているような錯覚に陥る。
マウンドに立っているときの自信はどこへやら、タカヤを失いたくないと怯える俺は、なんとも情けない顔をしているに違いなかった。
タカヤを手放すなんて無理だ。みっともなく震える声で「ごめんな」と言うと、反対にタカヤは穏やかな声で「ほんと、バカですね」と言った。表情はわからなかったが、笑っていたような気がした。


いつベッドに潜り込んできたのかはわからないが、隣で眠るタカヤが起きる様子はない。
寝顔からは深い疲れが見てとれた。目の下には薄く隈があって、起きているときは気が付かなかったが少し痩せたようだった。
タカヤは俺の家に来たときいつも同じベッドで寝る。でもこんなふうに俺の身体に触れて寝ることはなかった。
もしかしたら俺以上に俺の身体に神経質になっているかもしれないタカヤは、情事の最中だって俺の腕や腰を気遣った。
そんなコイツが、俺の腕を、しかも左腕をぎゅっと抱き締めたまま離さない。
俺はそれが嬉しくて気分が高揚するのを感じた。無意識の行動でも、タカヤが俺を求めてくれているのがわかるだけで嬉しいのだ。
込み上げる愛しさに目頭が熱くなる。空いた右手でそっと頬に触れると、ビクリと反応したタカヤが、薄く目をひらいた。

「もときさん…?」
「ん?」

ぼそぼそと喋るがそれもほぼ寝言のようで、まだまだ夢の中のタカヤはぼんやりとした表情のまま、すぐにうとうとと目を閉じた。

「タカヤ」

反応はなく、代わりにまた穏やかな寝息をたて始めたタカヤを腕に閉じ込めて、俺は少しだけ泣いた。















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ギャグ風味な話になるはずだった

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