the beginning.04




 天気は晴れ。カラッと乾いた空気を肺いっぱいに吸い込むたびに、意識がゆっくりと覚醒していくようだった。
今日は昨日よりもはやく身支度を整えて学校を飛び出した。
自宅でトレーニングウェアに着替え、ランニングシューズに片足を突っ込んだ。
玄関に座り込み、二重に蝶々結びにして固く結んだ靴ひもに、そっと指を乗せてぎゅうとおさえた。

 土手を走っているとあの男がいた。また違う犬をかまっている。
そして今日はなぜか制服を着ていた。なんの変哲もない学生服だ。傍らにはエナメルバッグが置いてある。運動部なのかもしれない。
また会うことができた嬉しさと、初めて目にする制服姿に胸が高鳴った榛名はほんの少し息が上がるのを感じた。
 近付く横顔。ゆっくりとこちらに向けられるその顔。すれ違う瞬間、やわらかく笑ったような、そんな気がした。
 ドクドクと脈打つ心臓がうるさい。血管が音をたてて血と酸素を身体中に運んでいる。
それが脳まで届くと、どっと思考が溢れ出した。
名前は?どこの学校?部活はやってる?もし野球部なら、ポジションはどこ?
少し立ち止まって尋ねれば済む話だ。しかし、やはり立ち止まる気にはなれなかった。
それがなぜなのか明確な理由があるわけではなかったが、なんとなくそう思う。
こうしてすれ違うたった十数秒の邂逅が、なにか神聖なものにも思えた。
大袈裟だとも思うが、実際にこの瞬間は世界がキラキラと輝いて、足元がふわふわとする感覚がある。
昔姉の部屋で読んだ少女漫画のワンシーンのようだと考えると笑える。
まさか自分がこんなことになるなんて思わなかった。

軽く目を擦ってから見たのはなんてことないただの風景で、足元もしっかりとした土の道だった。
やはりあの男は特別なんだと思うと、カァッと頬に熱が上がった。

(どんな声なんだろう)

 あの唇からどんな言葉を発するのだろう。普段他人のそんなことなど気にしたことがない自分から出た疑問に、また恥ずかしくなった榛名は少し俯いて地面を蹴った。




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