いじわる

※榛名と阿部のはなし。






「タカヤ」

少し目を離した隙にふらふらとどこかへ行ってしまった榛名の声がした。
キョロキョロと視線をさまよわせると、棚の奥の方からヤツのアホ面がひょこりと顔を出していた。「タカヤ!」大声で俺を呼ぶ。聞こえてるっつーの。恥ずかしいから大声で呼ぶな。俺は大きなため息を吐いてから立ち上がり、足早に榛名の元へ向かった。


「なぁなぁこれ借りようぜ」

そう言って指差したのは有名なホラー映画だった。いつだったか、夏休みにシュンと二人で見たやつだ。怖がりなくせにホラー映画を見たがる弟は、俺に一緒に見てくれと頼んできた。母さんに頼めと言うと既に断られたと涙目で縋られたので仕方なく付き合ってやったのだ。もう何年も前なので映画の内容もおぼろげにしか覚えてないが、シュンがたいそう怖がってしばらくの間物音やらなにやらに敏感になっていたのはよく覚えている。

「これ見たことある?」
「ありますよ」
「なんだ、ツマンネ」
「内容ほとんど覚えてねぇけど」

それならいいか!と機嫌を良くした榛名が俺が持った小さなカゴにDVDを放り込んだ。



「あ、雨強くなってる」

店の外に出ると、昨日の夜から降り続いている雨がまた勢いを強めていた。最近雨が多い。しかもその量が尋常じゃなかったりする。バンッと音をたてて大きな傘をひらいた榛名に続いて俺も傘をさし、さっさと歩き出した背中を追いかけた。

「DVD、濡らすなよ」
「わかってんよ」

榛名ははやく映画が見たいのかいつもより歩幅がでかい。歩道にできた大きな水溜りをぴょんと跳んで越えてみせる。そうして振り返った得意げな顔に俺はまたため息を吐いた。




榛名の家に着くと誰もいなかった。おじゃまします、と言って靴を脱いだ。
誰も居ない家は静かで、雨の音だけがザァザァ響いて聞こえる。じっとりと湿気を含んだ空気の中で、薄いカーテン越しの外の光がやけに白っぽく明るかった。
洗面所からタオルを持ってきた榛名がそれを俺に向かって放る。受け取って小さく礼を言うと「ん」とだけ返事が返ってくる。冷蔵庫を開ける音と「コップ取ってこい」という声が飛んできたのでタオルを首に下げたまま台所へ向かった。


リビングのテレビの前に二人、ソファに寄りかかって並んで座る。榛名は背もたれにしたソファからクッションを取って俺に寄こした。

「怖かったらそれで目の前隠せよ」

少しムッとしたがめんどうくさいので素直に頷いておいた。榛名は期待していた反応が返ってこなかったからか、ツンと唇を尖らせてリモコンに手を伸ばした。



映画を見ながら榛名はよくしゃべった。俺は映画に見入っていたのでハァとかヘェとかてきとーな返事をしながら聞き流していた。そのせいで榛名が何を必死にしゃべっているのかはまったく頭に入ってこないが、映画の怖さをまぎらわすために俺に話しかけていたのだろうなということは容易に想像できた。

「これ、どーぞ使ってください」

クッションを榛名に押しつけて笑ってやった。








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