the beginning.01



 榛名元希は頭を抱えていた。
春の大会が終わり、中間試験も残すところあと三日。
部活動が休止になる試験期間は忌々しいもの以外のなにものでもない、勉強しなきゃいけないし、何より野球にかける時間が大幅に削られるのが耐え難い苦痛だった。
「継続は力なり」という言葉は本当で、一日でもなにかをサボると翌日の身体は違ってくるものだ。
それは練習後のストレッチでも、筋トレの腕立て伏せであっても同じことだった。
榛名は筋肉を大切にしている。自分の身体を管理できてこそ、一流の選手への第一歩だと考えているからだ。
練習以外でランニングをしているときも、ただ何も考えずに走っていたら意味がない。
どこの筋肉を使っているか、接地の仕方はおかしくないか。変な走り方を続けていればいつか確実にどこか壊すだろう。
榛名は自身の身体を大事にしている。
しかし試験期間に入ってからの数日、そんな大事なランニングタイムを邪魔する者の存在に、榛名は悩まされていた。
放課後の練習が休みということで、榛名はマネージャーにメニューを組んでもらって自主練に励んでいた。
投げ込みや器具を使った筋トレなどができない分、自然と走るメニューが多くなる。
試験期間の初日、榛名は足に負担がかからない土の上がいいだろう、と土手を走ることにした。
この土手はどこまで続いているのか分らないほど距離があるし、丁度良いだろう。
ペースを乱さないよう、ハッハッと短く息を吐きながら両手両足をリズムよく動かす。
今日も調子が良い。身体は軽く、気候も穏やかで走りやすい。見上げれば空は高く、深い青色が澄んでいた。
視線を元に戻すと、道の端に散歩中の犬と飼い主、そしてその足元にしゃがみこんで犬と戯れる男─というより少年という言葉の方がしっくりくる年齢に見える─が視界に入った。
犬の耳の内側を親指でゴシゴシと撫でる横顔は口元が緩んでいるようだ。犬の方も、心地良さそうに目を閉じてその指を受け入れているように見えた。
榛名が走ってくるのに気付いたのか、犬を撫でる手を止めた男がこちらを振り返った。
その双眸と目が合った瞬間、榛名の心臓はドクンと大きく震えた。
凛とした眉、目尻の垂れた両目は黒々としていながら、空の青を映したように深く澄んでいた。
走り横を通り過ぎるまでの短い間、時間に換算すればたった数秒にすぎない。榛名はそのとき初めて一目惚れが実在するものだと知った。

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