二人きりの特別

※三橋と阿部の話 2012三橋誕












「誕生日おめでと」

 部室で着替えていると、隣で着替えていた阿部くんがそう言った。
アンダーの裾にかけていた手を、ゆっくりと持ち上げながらこちらを見ている阿部くんに、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

「なに」
「うぇっ!え、えと、…あっべ、くんの腹筋…かっこいい、ね…」
「はぁ?」

 アンダーからスポッと頭を抜いた阿部くんが、「腹筋?」と眉をしかめる。
咄嗟に口から出た言葉だったので、問い返されると口ごもってしまった。
阿部くんの腹筋はかっこいい、それは本当だ。さわさわしたい…と思ったがそんなことは言えない。

「えっと…、あっりがとう!」
「なにが」
「誕生日」
「あー、話戻ったのね」

 朝一番に野球部の皆が「おめでとう」と言ってくれて、とても嬉しかった。
でも阿部くんはいつも通りで、ひょっとして今日が俺の誕生日ってこと、覚えてないのかなと少し寂しくなった。
しかし実際は、ちゃんと覚えてくれていた。
阿部くんからの「おめでとう」はとてもとても嬉しかった。

「なんか欲しいもんとかある?」

 Yシャツのボタンを留めながら「高いもんとかは、無理だけど」と阿部くんが言う。

「肉まんとか、そーゆーのは田島とかにもらうだろ?だからちょっと違うやつにしろよ」

 俺は首をひねって考える。
俺が欲しいもので、お金のあまりかからない、阿部くんがくれるもの。

「じゃぁ、えっと」
「うん」
「おっれ、と…キャッチボール!してほしい…、です」
「はぁ?」

 阿部くんが頭の上にハテナを浮かべている。
俺なりに考えた結果だったのだが、いけなかっただろうか。
阿部くんを怒らせてしまったらどうしよう!
 頭の中がぐるぐるしてきて、黙った俺の顔を阿部くんが覗きこんだ。

「なに震えてんの」
「あ…べく、怒って、」
「ねぇよ」
「うえっ」
「キャッチボールなんていつもしてんだろ。そんなんでいいのか、って思っただけだよ」

 着替え終えたらしい阿部くんが、部室に二脚しかないイスの片方に座る。
同じく部室で着替えていた田島くんたちも着替え終わったらしく、ぞろぞろと部室を出て行こうとしていた。

「花井」

 阿部くんが、一番後ろにいた花井くんを呼びとめた。

「どした?」
「今日の勉強会、俺と三橋はパス」

「えっ」

 思わず声が出てしまった。
今は中間考査前だ。去年のように俺の家で、ということではなかったが、今日も野球部の皆で勉強会をする予定だった。

「は、なんかあんの?」
「おー」
「今日じゃなきゃいけねーのか」
「おー」
「あー…わかったよ。あんま三橋いじめんなよな」
「いじめてねーよクソハゲ」

花井くんは「ハゲじゃねぇ坊主だ!」と言い残して出て行った。
こうして部室には俺と二人きりになってしまった。
俺は阿部くんの行動の意図がわからなくて、視線をキョロキョロと動かす。
イスに座ったままの阿部くんはこちらを見て、まだ着替え終わっていない俺を促した。

「なんで、花井く、んに」
「だって、キャッチボールすんだろ」
「へっ」
「せっかくなら、当日にしたいじゃん」

「ダメだったか?」と首をかしげる阿部くんに、嬉しさが込み上がるのを感じた。

「ダメじゃ、ないっ」
「そんなら早く着替えな」
「うんっ」



 着替えたYシャツの袖を捲る。正面に立つ阿部くんを見据えた。
阿部くんがミットをパシッと叩く。俺はこの音が大好きだ。
この音を聞くと、いつだって身体の芯が熱くなる。

「三橋、軽くだからな!」
「うん!」

交互にボールを投げ、交互に言葉を交わしながら、徐々に距離を伸ばしていく。

「ほんとは練習以外で投げさせたくねー、けどっ」
パシッ
「う、んっ」
パシッ
「今日は特別だか、らっ」
パシッ
「う、んっ」
パシッ
「誕生日おめでと、っ」
パシッ
「う、んっ!」

「ありがとう」

 俺は嬉しくなって笑った。
阿部くんもニッと笑って、しゃがんでミットを構えた。

「一球ッ!」

阿部くんがミットを構えてくれるなら、いつだって俺は最高の球を投げたい。
姿勢を正し、左足を上げる。
阿部くんはこちらを真っ直ぐに見ている。
この視線に射抜かれると、俺は何もできなくなってしまう。
投げる以外、何もできなくってしまう。
右腕を大きく振りかぶって、投げた。
阿部くんが構えたところに、投げるだけだ。
 まっすぐ投げたボールを阿部くんのミットが捕える。乾いた音がした。
阿部くんはミットの中に収まったボールを取り出し、右手でくるくると回した。
立ちあがって俺に投げ返す。

「ナイボッ!」

俺が良い球を投げると、いつだって阿部くんは笑ってくれる。
特別な今日もまた、この笑顔が欲しかったんだ。



********



「ほんとにこんなんでよかったのか?」

部室の鍵を閉めながら、阿部くんが唇を尖らす。

「うんっ!俺、すごい、楽しかった!」
「そっか…」
「ありがと、阿部くん」
「うん」

阿部くんが、後ろに立っていた俺の方を振り向く。
ずいっと一歩踏み出して、次の瞬間ちゅ、と唇が重なった。
呆気にとられている俺の前で、阿部くんは耳まで真っ赤にして目を逸らした。

「お、まえ、野球と飯に関してはいっつも貪欲なくせに」
「う、あ」
「俺にも…もっと貪欲になってこいっていうか」

阿部くんは唇をわなわなさせて「恥ずかしーこと言わせんな!」とぷんぷん怒った。
俺は阿部くんが可愛くて可愛くて仕方がなくて、でも本人に言ったらきっと怒鳴られてしまうから言えなくて。

「おれっ阿部くんにだって貪欲に、なる、よ!!」

面食らっている阿部くんの両頬に手を添えて、思いっきり口付けた。

 








Happy Birthday 三橋!!






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一応、三橋誕なお話です
捕手が「一球!」とか「三球!」とか言うのって、
球数を数えてるんです…よね?!

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