言いたいことは一つもないさ

※元希と隆也の話








 初夏を感じさせる湿った空気に包まれながら、榛名と阿部は二人で夜道を歩いていた。
じんわりと生温い風が頬を撫ぜる。
 数歩前を歩く榛名の背中を、阿部はただ黙って見ていた。
時折榛名が何か喋っていたが、あまり耳に入ってこない。
返事をしない阿部を不審に思ってか、榛名が立ち止まって振り返る。

「おいタカヤ、聞いてんのか?」

 小首を傾げる榛名に、阿部は面倒くさそうに口を開いた。

「…………聞いてますよ」
「なんだよその間は!」

 なんとなく気まずさを感じ、目を逸らす。
すると榛名は両目をギラリと光らせ、阿部の顔を覗き込んだ。

「タカヤお前、俺になんか隠してんな?」

 某名探偵宜しく阿部に向かい指を突き立て、したり顔で言う。
(隠してる?…そりゃもう、必死になって隠してるよ。)
まさか本当のことを言えるわけもなく、口を噤んで首を振った。

「べつに、なにも隠してないです」

 阿部のそっけない返答に、榛名は不満そうにしながらも「そっか」と前に向き直って歩き出した。

「無理にとは言わねぇけど、なんかあったら言えよな」

前を歩きながら榛名が言ったその言葉に、阿部は踏み出そうとした右足を止めた。

「お前普段すげーうるさいくせに、肝心なことは言わねぇから」

少し照れたように話す榛名の声は、阿部の足をその場に留めた。
(…ずるいやつ。)
阿部が自分のあとについて来ていないことに気付いた榛名が振り返る。

「どうした?」

(アンタ本当にずるいやつだ。)

「なんもないです」
 
返事をして駆け足で近付く。本音を隠していつもの顔を作った。

「なんか元希さん、良い先輩っぽいこと言ってますね」

ニヤニヤ笑顔で阿部がそう言えば、榛名は満更でもなさそうな顔で反論してくる。

「バッカ!いつも良い先輩だろーが」

榛名の笑顔に、なぜか胸の辺りが痛んだ。
ジクジクと広がるその痛みの名前を、阿部は知らない。

「じゃ、さっさと帰ろうぜ」

 腹減った、と言いながら再び歩き出した榛名の背中に続いて歩き出す。

「…言えるわけ、ないだろ」

「あ?なんか言ったか?」
「なんでもないですよ」


(だって伝えたら、アンタは俺を嫌いになるでしょ。)













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