末期症状

※大人榛名と大学生くらいの阿部の話 榛名誕2012






 5月23日、水曜日。
自分以外誰も居ない部屋は静かで、なんだか嫌だった。
今までの人生を団体競技と共に生きてきたこともあり、友人らと過ごすのはもちろん好きだが、一人で過ごす静かな時間も好きだ。
しかし今日に限っては、その静けさが嫌でしょうがない。
赤いペンで日にちに丸を付けたカレンダーを見やり、ため息をつく。
意味もなく冷蔵庫を開け閉めしてみたり、その他いろいろ。
これらの動作を、朝起きてから一体何回繰り返したかわからない。
そわそわと、落ち着きがない自分に舌打ちをした。
性懲りもなく手を掛けた冷蔵庫の中には、三角のケーキがふたつ入っている。
小さめの丸いものにしようかとも思ったが、いざケーキ屋に行くと店員の笑顔に全て見透かされているようで、気恥ずかしくなってやめた。
チョコレートでできたプレートはちゃっかり別の小さな箱に入れてもらったのだが、チョコペンで書かれた名前がなんとも可愛らしくて、込み上げる笑いを堪えるのが大変だった。


 時刻は既に夕方で、西向きの窓からは夕日が射しこんで眩しい。
帰宅は遅くなると言っていたから、夕食は自分用の質素なもので済ませよう。
明日は一日オフだと言っていたから、一緒に買い物に行って、夕食は好物を作ってあげよう。
あの人は目立つから本当は家で待っていて欲しいのだが、嫌と言っても必ずついてきてしまう。
料理は得意ではないが、何度も練習したからきっと上手くできるはずだ。
子供舌のあの人は、ちょっと甘めの味付けが好きだったりする。
おかわりもするだろうから、材料は多めに買おう。
そんなことを考えながら、口元が緩んでいる自分に気付き、ひとり顔を赤くした。
真っ赤だった夕日はいつの間にか沈み、群青色へと変わりゆく空がきれいだった。


 食事を済ませてからテレビを見て過ごしていたが、やはり落ち着かなかった。
テレビを消して立ちあがり、玄関へ向かった。
壁に寄りかかりながら、並べられた靴を見やる。
自分のスニーカーがあって、その横にサイズの違うランニングシューズがある。
サイズの差がなんとなく悔しく、しかしなぜか愛しく感じた。
その大きな靴は、この部屋に住んでいるのは自分だけではないのだと教えてくれる。
くたびれたランニングシューズが、途端に愛しくなる瞬間だった。
靴の持ち主のことを考えた。
自分の身体のことにはやたら神経質なくせに、整理整頓は苦手なあの人。
靴はいつも脱ぎっぱなしで、きれいに揃えたりはしない。
いつも酷使されている靴は、少し形が崩れてきている。
(お前も大変だな。)
自分の身体を鍛えることに余念がないあの人が、汗を流して走っている姿が目に浮かんだ。
胸に広がる気持ちが脳に達して、ずるずると床に座り込む。
並んだ靴を見ただけでこんなでは、自分もいよいよ末期だなと笑った。

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 鍵の回る音で目が覚めた。
どうやら座り込んだまま寝ていたらしく、身体がギシギシと悲鳴を上げた。
ガチャリと開いたドアから、廊下の蛍光灯の明りが射しこんで、来訪者の影を作った。

「ぅおっ!おま、タカヤ、電気もつけねーでこんなとこいんなっ!」

びっくりしたと騒ぐ、久しぶりに聞いた榛名の声はなんとも間抜けで笑えた。
時計を見るとちょうど0時を少し過ぎたところだ。

「ったく…なにしてたんだよ?」

榛名の大きな手のひらが、頭を撫でる。
自分ひとりだった空間に、温かなぬくもりが加わった。
去年の今日よりも逞しくなったような榛名の身体。
立ちあがって抱きつく。
体温の高いところが好きだ。何年経っても変わらないアホ毛が好きだ。
大きな手のひらが好きだ。世話を焼かせてくれるところが好きだ。


「元希さん、誕生日おめでとうございます」


 5月24日、木曜日。
乱雑に脱がれた靴が、俺のスニーカーに重なって転がった。












Happy Birthday 榛名!!







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榛名誕のつもりですが、榛名全然出てきませんね!
榛名さんおめっとー!

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