今夜君の夢をみる

※榛名と阿部の話(阿部不在)








 榛名は幼い頃、何か物を失くすと夢をみた。
ひとつ足りなくなったゴムボール。大事にしていたレアカード。必死に大きくした練り消し。
必死に捜して見つからなかった物でも、夜になって布団に潜り込めば大丈夫。

 榛名は自分の夢をみた。
夢の中で自分は、捜しているものを手に持っている。
そして失くさないようにどこかへしまいこむ。
玄関の靴箱の中。勉強机の上から二段目の引き出しの中。洗濯機に放り込んだズボンのポケットの中。
 
 夢から覚めて、瞼をこすりながら夢の中での自分の行動を忘れないよう反芻する。
夢の中の自分がしまった場所に、失くした物を見つけることができた。
毎回毎回夢にみるので、榛名は何かを失くしても焦らない。
一晩寝れば次の日見つけられるから大丈夫だ、と捜すことをしなくなった。

 しかし年を重ねるにつれ、失くしたものの夢をみることはなくなった。
なぜ夢をみなくなったのかと考えていたある日、人間は寝ている間に記憶を整理するのだという話を耳にした。

 なるほどあの都合のいい夢は、そもそも覚えている記憶が少なかったからみることができた。
まだまだ少ない記憶を整理して、捜している部分を見つけていたのだ。
いろいろなことを経験した今の自分は、たくさんのことを覚えまた忘れていく。
榛名の容量に新しい記憶を詰め込むたびに古い記憶は消去される。
整理しようとしても、量が多くて上手くできない。
夢をみなくなったのは残念だが、こればっかりはしかたがないと納得した榛名であったが、そこでふとあることに気がついた。

「俺、タカヤどこにやったんだっけ?」

 榛名の周りをいつもうろちょろしていた黒い頭が見当たらない。
この間までは確かに居たはずだ。チビで生意気で、しかし真っすぐに自分に向かってくるから大事にしていた。

「どっかに置いてきたんだっけ?」

 榛名は首をひねるが思い出せない。途端に胸がざわついてきた。
居ない居ない居ない居ない居ない居ない居ない居ないタカヤがどこにも居ない!
あんなに大事にしていたのに、どこにも見当たらない。焦りが苛立ちに変わる。

「なんで俺の側に居ないんだよ」

 呟いても、返事はなかった。


 

 榛名は自分の夢をみた。
春の大会ベスト8を決める試合を翌日に控えた夜だった。
夢の中で榛名はマウンドに立っていた。しかし周りには誰もいない。
きょろきょろと辺りを見渡すと、三塁側の客席に誰かが座っていた。目を凝らす。
そこに居たのは、ずっと前に失くした阿部だった。

 一目散に駆けてゆき、フェンスの金網を握り揺さぶる。

「タカヤ!」

 阿部は榛名に気付かない。

「おいタカヤ!」

 阿部は榛名に気付かない。

「そっち行くからそっから動くんじゃねーぞ!!」

 阿部の瞳が揺らいだ気がした。




 夢から覚めると妙に頭がはっきりしていた。身体も軽い。
久しぶりにみた夢は、榛名の失くしたものの場所を教えてくれた。
幼い頃この夢をみた次の朝の感覚を思い出し、榛名はにんまりと笑った。
あとは自分の行動をなぞるだけだ。













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のちのハルナサンダー事件

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