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雨宿りは君と



「名前、どういうつもり?」
「見てわかんないですか?出てくんです。」

両手に大きなバッグを抱えたあたしを見るなりカカシさんは眉根を寄せた。

「出てくって……当てもないくせに。」

深い息をつきながら窓の外を一瞥したカカシさんは、ますます眉間の皺を濃くした。夜中のうちに降り始めた雨は一向にやむ気配がない。遠くで雷鳴が轟いている。カカシさんに言い返す言葉が見つからず黙って唇を噛んだ。

カカシさんの家に居候する前に住んでいた部屋は解約してしまっていた。ストーカー犯に自宅を特定されたことを気遣ったカカシさんが「家賃、もったないないから解約しなよ。」と提言してくれたからだった。

「大丈夫です。心配されなくても行く当てぐらいあります。」

本当は行く当てなんてない。
それなのにカカシさんはあたしの嘘に目に見えて不機嫌になった。怒っている。感情を伴わないカカシさんの瞳に肝が冷える。

「ふーん。あの、放蕩息子のとこにでも行くつもり?」
「あの人とはそんな関係じゃない。」
「あんなに尻尾振ってたくせに。」
「だから、尻尾なんて振ってない言ってるのに!」

だから、どうしていちいちあの馬鹿息子の名前を出してくるの?
あたしはこの前の玄関先での出来事を思い出して腹が立った。確かに誤解を招くような行動を取っているあたしにも責任はあるけれど。だからといって、あのハイヒールを捨ててしまうなんてどうかしてる。(あの喧嘩をした次の日の朝、履こうとしたら捨てられていた。)大体、恋人でもないくせにあたしの交友関係まで口出しされる筋合いはない。

「もういい…!」

あたしは色々な感情が入り交じって堪らなくなった。バッグの持ち手をぎゅっと握りしめて部屋を飛び出した。

こんな喧嘩がしたい訳じゃないのに。
あたしにとってカカシさんはとっくに大切な人になっていた。なのに、カカシさんがあたしの心の中に入ってくるのを拒絶してしまう。そのくせカカシさんがあの放蕩息子との関係を勘違いして嫉妬してくれればいいのに、なんて淡い期待をしているのだ。

「馬鹿みたい……」

あたしは意地を張って考えなし部屋を飛び出したことを少し後悔した。ざあざあと降る雨はあたしの頬を激しく穿って、せっかく巻いた髪も湿気を含んで重たく濡れている。ふと目に入った民家の雨樋からは溢れだした雨が滝のように流れていた。

「名前!」
「えっ…?」

轟轟と流れる濁流のような雨音の中で名前を呼ばれたような気がして振り返ると。少し怒ったような顔をしたカカシさんがアパートの前に立っている。

「なに馬鹿なことしてるんだよ、中に戻れ!」
「大丈夫、平気!」

あたしはカカシさんに向かって叫んだ。すでにずぶ濡れのあたしが言っても説得力はなさそうだけれど。すると、カカシさんは呆れたように溜息をついたかと思うとアパートの軒から飛び出して、ずんずんとあたしの方へ向かってきた。雨がみるみるうちにカカシさんの銀髪を濡らす。水溜りがばしゃばしゃと音をあげている。

「大丈夫なワケないでしょ、こんな土砂降りなのに。」
「こんなのただの水です……大したことありません。」

あたしの前まで来たカカシさんに半眼で睨むように見据えられてたじろいだ。無表情なカカシさんの感情は読めない。けれど声色には気遣うような穏やかさが含まれていて困惑してしまう。

この期に及んで意地を張るあたしにカカシさんは呆れたように溜息をついた。それからあたしからバッグを奪うと、軽々と肩に背負った。

「えっ、ちょっと!」

取り返そうとカカシさんに詰め寄った瞬間、カカシさんの腕がすっとあたしの腰と膝の裏に回されて――抱き上げられた。いわゆるお姫様抱っこという奴だ。

「え、え……!?」

状況を把握できず、突然の浮遊感に戸惑って、じたばたしていると、低くうねる声で「じっとしして。」と耳元で囁くように言われて、なにも言い返せない。あたしは諦めて大人しくカカシさんに抱かれていた。

息が苦しい。

カカシさんにお姫様抱っこされている気恥ずかしさで心臓がどきどきしているせいもあるけれど、喧嘩をして意地を張って勝手に飛び出したのはあたしなのにこんな風に追いかけて来てくれるカカシさんの優しさが苦しかった。

きっとカカシさんは優しいだけ。
ストーカーから助けてくれたときみたいに。
困った人がいたら、誰にだって親切にするに決まっている。なのに、どうしようもなく胸を高鳴らせている自分に涙が出そうだった。

あたしは黙ってカカシさんの部屋まで運ばれた。リビングまでくるとカカシさんは「よいしょっと。」とあたしと荷物を下ろした。ずぶ濡れの服と髪から滴り落ちた水が床に水溜りを作っている。

「さてと……名前はどうしたいの?」

カカシさんは、ふうと深い息をついてあたしを見た。濡れた髪が艶っぽくて思わずどきどきしてしまう。そのうえ、カカシさんのあたしを見る目が熱っぽく揺れている気がして、カカシさんの顔を見つめたまま動けなくなってしまった。

どうって言われても……なんて答えればいいのか分からない。

「オレと一緒にいたいの、いたくないの?」
「……っ、」
「オレは名前に出て行って欲しくないけど。」

カカシさんの発言に言葉を失ってしまったあたしは、睨みつけるようにカカシさんを見つめた。

「そ、それって……」
「ねえ、どうなの名前。」

カカシさんの意図を測りかねて、どういう意味?と聞き返そうとするも、あたしの言葉に重なるように詰め寄られてそれは叶わない。獲物を狙う肉食獣のような瞳に捕らわれてしまう。あたしは観念して言った。

「一緒に……いたい…です…」

言葉が途切れてしまったのはカカシさんの有無を言わせない雰囲気に飲み込まれてしまったから。
それでもなんとか紡いだ言葉に嘘はなかった。

あたしはカカシさんとずっと一緒にいたかった。