不器用な僕ら
『オレは名前に出て行って欲しくないけど。』
ちょっとは期待してもいいのかな……
カカシさんはどういうつもりであんなことを言ったんだろう。
先ほどの一連の出来事を思い出すと気恥ずかしくなる。あたしは熱めのお湯をたっぷり張ったバスタブに鼻までぶくぶくと浸かって淡い期待を追い出した。
一緒にいたいとは言われたけれど、はっきり好きだと言われたわけではないのだ。この歳になればきちんと愛の告白から始まる恋愛の方が少ないのかもしれないけれど。正直、まだカカシさんが何を考えているのかよくわからない。
あの後、カカシさんは何事もなかったかのようにびしょ濡れのあたしをお風呂場に押し込んだ。「風邪引いちゃうよ。」と優しく微笑まれてしまったら、もう抵抗する気なんて起きてこない。
湯気がもうもうと立ち込めるお風呂の中で考えてもなんだか、ぼんやりするだけだった。それに熱い。そろそろでないとのぼせそうだ。心なしか頭も痛いような気がする――・・・
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「あ、目が覚めた?」
お風呂に浸かってカカシさんの真意を考えてあぐねてぼんやりしていたような……気がする。なのに今、あたしの目に映るのは、天井とにっこり頬笑むカカシさんだった。
「えっ、」
「お前、のぼせて風呂場で倒れてたの。」
全く状況を把握できないあたしを面白がるようにカカシさんは言った。
い、今なんと…?お風呂場で倒れてた……。え、お風呂場!?あたしは慌てて布団をめくった。だって、お風呂場ってことは…………
布団の下のあたしの体にはカカシさんのTシャツが着せられていた。素っ裸じゃないことにほっとしたのもつかの間――
「も、もしかして……見た?」
「そりゃあ……裸でほっとくワケにいかないし、ね?」
カカシさんはニヤリと口の端を吊り上げて言った。途端に顔に熱が集まってくるのが分かる。咄嗟に布団を肩まで引っ張り上げてカカシさんを睨みつけた。カカシさんは堪えきれないと言った風に吹き出して喉を鳴らして笑っている。
「〜〜っ、変態!」
助けてもらったとはいえ、意識のない無防備な状態で裸をみられたことに恥ずかしいやらショックやらで泣きそうになった。
「寝てていいよ、今日は夕飯オレが作るから。」
ひとしきり笑ったカカシさんが不意に優しく微笑んできて、どきりと心臓が高鳴った。 そういえば、カカシさんのベッドを借りるのは初めてこの家に来て以来だ。 あたしの目を見つめたまま、すっと指で前髪を掻き分けられて胸がきゅんと締め付けられる。まだ離れたくなくて――・・・キッチンに立とうとするカカシさんの袖を咄嗟に掴んでいた。
「ん?どうしたの。」
カカシさんはにこっと穏やかな微笑を湛えて首を傾げた。あたしは言うなら今しかないと思った。
「………カカシさん、あたしのこと…好きなの?」
カカシさんはベッドサイドに腰をおろすと、頬をぽりぽりと引っ掻きながら、目を反らして「ごめん。どうも、こういうのは苦手で……」それから「カッコ悪いよね。」と困ったように笑った。
「オレね、怖かったんだ。」
「えっ………?」
「名前がオレから離れてくのが怖かった。」
急に真剣な目で見つめられて脈が早くなる。切ないのに熱っぽく濡れた瞳に射ぬか息が止まりそうだ。
「好きなんだ、名前ことが。」
「…っ、」
カカシさんはあたしの頬を指先ですっと撫でた。それから「意気地がなくてごめん。」と困ったように笑った。
好きだから、失うのが怖い……だから言い出せない。
あたしはカカシさんの気持ちが痛いほど分かって切なさと、好きだと言ってもらえた嬉しさとで胸が塞がった。
頬を撫でるカカシさんの手を握って、じっとカカシさんを見つめる。
「………そんな目で見つめられたらキスしたくなる。」
やっぱりカカシさんは困ったような顔した。
「いいよ、しても……。あたし…あたしもカカシさんが好きなの。」
ばくばくと鳴る心音が聞こえる。カカシさんの答え聞いてから告白するなんて少しずるいけれど、それでも緊張で声が震えてしまった。
カカシさんは瞳を瞬かせたかと思うと、次の瞬間には満足そうに口の端を吊り上げた。それから流れるような仕草であたしの顔の横に手をついて――ちゅっと唇を重ね合わされた。
「んっ……」
触れるだけのキスを何度も繰り返される。唇が離れるたびに、カカシさんの熱っぽい瞳と目が合って体の奥がきゅんするのを感じた。それからすぐに、唇を割ってカカシさんの熱い舌が入り込んできた。
「……っ、あ………」
熱くい舌が何度も絡み合う。そのうちにカカシさんの手がTシャツの中に侵入してきた。わき腹を撫でる手が心地良くて、ついうっとりしてしまう――・・・
「あぁんっ………!」
急にカカシさんの手が胸に触れてきて、思わず変な声を出してしまった。……ていうか、あたしブラ着けてない…!
「あっ……や……だ、だめっ……カカシさん…!」
そうしたら、カカシさんはあたしに覆被さってきて「お前が煽ったんだから、責任取ってよね。」と意地悪そうに笑って言った。
失うのが怖くて素直になれない不器用なあたしたち。それでも生きている限り、愛し愛されていくの。