いつかこの優しい未来を[3]
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ナマエも、俺の常とは異なる雰囲気に気付いていたのかもしれぬ。
話し上手なナマエにしては珍しく、彼女もずっと黙り込んだままだった。

「…送ってくれて、ありがと」

ようやく沈黙が破られたのは、彼女の住む自宅アパートの前に着いた時だった。

「じゃあ、えっと、おやすみなさい、」

そう言って、ナマエが微笑む。
その笑顔が、いつもより悲しげで。
まるで何かに耐えるかのように、苦しげで。

「……ナマエっ、」

俺は咄嗟に、背を向けて歩き出したナマエの手首を掴んでいた。
驚いたように、ナマエが振り返る。
見開かれた目が、街灯の明かりを映し込んで揺れていた。

手遅れでもよい。
無駄な足掻きでも、構わぬ。
ただ、伝えておきたかった。
本当はもっと早くに、告げたかった。
喪失を恐れるうちに、こんなにも遅くなってしまった。
それでも、この想いが揺らいだことだけは、一度もなかったのだ。

「ナマエ、……今更なのは、承知の上だ。あんたに好いた男がいるというならば、邪魔をするつもりなど毛頭ない。…ただ、知っておいてほしい」

本当は、誰にも渡したくなどない。
他の男に笑いかけるナマエなど、見たくはない。
だが、俺にそのようなことを言う資格などないのだ。
ならば、せめて。

「俺はずっと、あんたのことを好いていた。…今も、あんたが好きだ」

せめて、祈らせてほしい。

「…………幸せに、なってくれ」

そう告げて、背を向けた。
目頭が、急に熱を持った気がした。
それを誤魔化そうと、目を瞬かせた。
己の感情を制御することに必死で、気が付かなかった。

「はじめ…っ!」

背後から名前を呼ばれる、その瞬間まで。
ナマエも、泣いていたということに。




「美味しかったね」
「ああ、確かにな。あんたの言った通りだった」
「唐揚げでしょ?」
「ああ。あのような調理法もあるのだな」

店を出て、再び手を繋いで歩き出す。
休日の午後、隣にナマエがいるというだけで、見慣れた街の景色は特別になる。

「この後はどうする?どこか行きたい所はあるか?」
「天気もいいし、少しお散歩は?」
「構わぬ」
「あっちにさ、大きな公園があったよね?」
「ああ、行ってみるか?」
「うん、行ってみようよ」

手を繋ぎ、他愛のない話をして。
二人だけで過ごす、日曜日。
公園のベンチに並んで腰掛け、道行く人や散歩中の犬を眺めてナマエが楽しそうに笑う。
それだけで、心は満たされた。

これから、たくさんの話をしよう。
懐かしい思い出、二人のこと、仲間たちのこと。
そして、これからのこと。
俺は口下手だと自覚しているが、これからはきちんと想いをあんたに伝えるよう努力する。
故に、聞いていてほしい。
そしてあんたの想いも、俺に伝えてほしい。

「ナマエ」
「なあに?」

振り向いたナマエの頬に、手を伸ばす。
初めて重ねた唇には、幸せな未来への予感が詰まっていた。




いつかこの優しい未来を
- 君と二人歩いて行く -



あとがき


ハク様へ

お待たせしましたっ。「いま、笑って祝福を」の一君視点でございました。
リクエスト頂いていた、告白から初デート、そしてキスまでを書かせて頂きました。元々の作品は土方さんの片想い話でしたが、リクエストの際に土方さんに対する言及を頂いていなかったため、彼の切ない心境は一切表に出さない方向でいきました。
本当はキスをしてしまってから焦る一君も描きたかったのですが、過去の切ない回想と現在の穏やかで甘い時間とを交互に織り交ぜながら進めていたら、雰囲気的に一君が可愛く慌てるシーンが盛り込めず…。リクエストの趣旨とズレてしまっていたら申し訳ありません(>_<)
こんなかんじになりましたが、お気に召して頂ければ幸いです。

企画へのご参加、ありがとうございました。引き続き、Welcome back, darling!!をお楽しみ頂けるよう願っております(^^)




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