約束の果て[1]
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「美味かった、ごっそうさん」

すっかり綺麗になった皿の前で、歳三さんは目元を緩めた。
彼はいつも、そう言ってくれる。
ちょっと失敗してしまった日も、絶対に文句なんて言わなかった。
残したことだって、一度もない。
いつも、ありがとな、と笑ってくれる。

「皿洗い、俺がやるから置いておけよ」

そして必ず、そう付け加える。
歳三さんだって、仕事で疲れているのに。
お風呂を洗ったり、食事の後片付けをしたりと、家事を手伝ってくれる。
そういうことは私がやるから大丈夫だと言っても、歳三さんは苦笑するばかりで取り合ってくれない。
共働きである以上、家事を分担するのは当たり前だ、と。
そう言って、家のことにも積極的に関わってくれる。
私にはもったいないほど、優しい旦那様だ。





「ナマエさんを、必ず……っ、必ず幸せにします……!」


あの日。
両親への手紙を読む私の隣で、歳三さんは私の両親よりも先に突然号泣した。
それにつられるようにして父も母も泣き出し、ついには歳三さんのご両親まで目を潤ませた。
絶対に式の最中には泣かないようにしようと決めていた私まで泣いてしまって、参列者が揃って泣くという涙、涙の結婚式になった。

式の後、歳三さんはそう言って私の父に深く頭を下げた。
父は赤くなった目元を緩めて、そんな歳三さんの肩を優しく叩いた。
歳三さんが最初に私の実家に挨拶に来た時はまだ余所余所しかった関係は、そこで柔らかく氷解したようだった。

俺は、お前の親父さんからこんなに大事な宝物を頂いちまったんだな。

そう言って私を抱きしめた歳三さんの言葉に、私はこの人を選んで良かったと心から実感した。




「食器、ありがとうございます」
「おう、終わったぜ」

リビングの隅でアイロン掛けをしていると、キッチンから歳三さんが出てきた。

「ワイシャツ、いつもありがとな」

一人暮らしの時は全部クリーニングに出していたらしく、歳三さんは私がワイシャツにアイロンを掛けることをとても喜んでくれる。
煙草を手にベランダへと向かう後ろ姿に、思わず笑みが零れた。
皺のなくなったワイシャツをクローゼットに仕舞い、バスルームに向かう。
バスタブは歳三さんが帰宅早々に掃除してくれているから、あとはお湯を張るだけだ。
給湯のスイッチを押し、バスタオルを二枚用意した。


「お風呂、先にどうぞ」

一服を終えた歳三さんに、いつものようにそう声を掛ける。
すると、歳三さんは少し口ごもって、躊躇いがちに視線を泳がせた。

「…どうかしましたか?」

いつもならば、ああ、と返事が返ってくるのに、と首を傾げれば。
歳三さんは「その……だな、」と言い淀んでから、顔を背けて小さく呟いた。

「……一緒に、入んねえか?」
「………….え?!」

それは、お風呂に一緒に入ろう、という意味で間違いないだろう。
そう理解した途端、顔が赤くなったのが自分でも分かった。
一緒にお風呂に入ったことが、ないわけではない。
結婚式を挙げた日の夜、泊まったホテルのお風呂に二人で入った。
でも、それ一回きりだ。

「嫌……か?」
「…えっと、別に嫌ってわけじゃ、ないんですけど」

嫌ではない。
けれど、恥ずかしい。
そんな私の気持ちが、伝わってしまったのかもしれない。

「…なんだ、照れてんのか?」

歳三さんの顔に、意地悪な笑みが浮かんだ。
図星を指され黙り込んだ私の頭を、歳三さんが優しく叩く。

「先に行って待ってる、早く来いよ」

そう言って、歳三さんはバスルームの方へと歩いて行ってしまった。
その後を追わない、という選択肢がないわけではない。
でも、歳三さんの楽しげな表情を思うと、なぜだか私の足は勝手にバスルームへと向かってしまった。





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