いつまでも輝き続ける貴方色[2]
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「え…?」

此れ、とはつまり、簪のことだろう。

「散歩の途中、お前が小間物屋の簪を物欲しげに見ていたことには気付いていた」

千景様が手を引き、再び川の流れに視線を戻す。
私はその端正な横顔を見つめた。

「後日、お前に買い与えてやろうと出向いたが、何れを欲しがっていたのかまでは分からなかった」

散歩の途中で通り掛かった小間物屋で見つけた簪。
ある時千景様がその小間物屋にあった置物に興味を示して店に立ち寄ったので、私も後に続いた。
千景様が置物を物色している間に、私はこの簪を見ていた。
後日手渡された時に、どうしてこれを買って来てくれたのだろうと不思議に思っていたけれど、そういうことだったのか。
千景様はあの時、私が簪を見ていたことに気付いていたのだ。

でもいま千景様は、私がどの簪を欲しがっていたのかまでは分からなかった、と言った。
確かにあの小間物屋には、他にもたくさんの簪が並んでいた。
それならばどうして、千景様はこれを選んでくれたのか。

「お前には、もう少し淡い色の物の方が似合うかと思ったが、」
「…それならば、どうしてこれを?」

どの簪が良いのか分からなかった、と言うならば。
どうして似合うと思ってくれた淡い色の簪ではなく、これを選んでくれたのか。
そう問えば、千景様はゆっくりと私に視線を落とした。

「……思い出すかと、そう思った」

常よりも不明瞭な声で紡がれた言葉。
意味が分からず、首を傾げると。

「その色を見る度に、お前は俺を意識するのではないか、と」

付け足された言葉に、息を呑んだ。
私がこの簪に千景様の姿を重ねていたように、千景様もこの色を見て自分の髪と目の色を連想したのだ。

「……下らんな、」

何も言えなくなった私の視界の中、千景様は自嘲的に唇の端を持ち上げて。
鼻を鳴らすと、その場から立ち去ろうとした。

「千景様!」

その背を慌てて追い掛ける。
緩慢な仕草で振り返った千景様に駆け寄り、その顔を見上げた。

「私、これが欲しかったんです」
「……何?」
「お店で、この簪を見ていました。この簪が、欲しかったんです」

だからこそ、驚いたのだ。
晩酌の最中、この簪を手渡された時。
たくさんの中から、どうしてこれを選んでくれたのだろうと。
まるで運命みたいに千景様が見つけてくれた簪を、信じられない思いで受け取ったのだ。

「何故それを欲しがった?」

確かに、私の持ち物はどちらかというと淡色の物が多い。
似合う似合わないは良く分からないけれど、確かに淡い色の物の方が好みではある。
けれど、この簪は私の好みで選んだのではない。
濃淡なんて、関係ない。

「千景様が、仰った通りです」

真紅から茜色、緋色、鉛丹色、黄丹、萱草色、花葉色、そして金色へ。

「これが、貴方の色だったから…っ」

だから、欲しかったの。


「……そうか、」

私の答えを聞き、千景様は鷹揚な口調でそう言った。
だけど、見上げた先にある千景様の顔は、ひどく穏やかだった。
光の加減を受けて色を変える紅い瞳は柔らかく細まり、金糸は川面に反射したお日様の光で輝いていた。

私の髪に挿した簪も、同じように。
綺麗に輝いていればいい、と。

そう、願った。



いつまでも輝き続ける貴方色
- 片時も離れることなく傍にある -




あとがき


月子様へ

お待たせ致しました。「愛を護るそのために」の番外編として、書かせて頂きました。
当初頂いておりました、「愛を護るそのために」のちー様がヒロインちゃんに惹かれた過程を、というリクエストにお応え出来ず、本当に申し訳ありませんでした。それについては今後、第二部第三部の中で徐々に明らかにしていく予定でおりますので、今しばらくお待ち頂ければ幸いです。
また、内容の変更について快くご了承下さり誠にありがとうございました。内容はお任せで、と仰って頂けましたので、ちー様がヒロインちゃんに贈った簪についての裏話を書かせて頂きました。お気に召して頂ければ嬉しいです。

この度は、企画へのご参加ありがとうございました。4年目に入りましたThe Eagle、これからもよろしくお願いします(^^)






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