夢の中の裸エプロン[1]R-18聞こえてきた鍵を回す音に驚いて、サラダを混ぜる手を止めた。
キッチンの壁に嵌め込まれた給湯パネルのデジタル時計は、まだ17時34分。
帰って来るには早すぎる。
「ただいま、」
だけど玄関から聞こえてきた声は、間違えようもないトシさんのもので。
私は慌ててスプーンを置き、キッチンを飛び出した。
「おかえりなさいっ」
エプロンを着けたまま廊下を通って玄関に顔を出せば、朝見送った時と同じ姿のトシさんが、丁度靴を脱いだところだった。
「びっくりした、早かったね」
いつもは、早くても20時くらい。
遅い時は平気で日付を跨ぐのに、今日はどうしたのだろう。
「もしかして体調でも、」
悪いの、と続くはずだった私の言葉は、不意に伸びてきたトシさんの手によって不自然に遮られた。
スーツのジャケットとワイシャツ越しに感じる、トシさんの硬い胸板。
背中と後頭部に回ったトシさんの手にきつく抱きしめられ、息が詰まった。
「…ト、シさ……っ」
骨が軋みそうな抱擁に喘ぎながら、必死でその名前を呼ぶ。
だけど頭上から降ってくるのは返事ではなく、どこか苦しげな吐息だけだった。
やっぱり、何かあったの?
どこかつらいの?
痛いの?それとも苦しいの?
聞きたいことは山ほどあるのに、胸元に顔を押し付けられているせいでどれも声にならないまま。
嗅ぎ慣れたトシさんの匂いでいっぱいになり、大きな背に縋り付いた。
「…ぁ、…トシさん、どうし……っ、」
ようやく頭を固定していた手が離れ、何があったのか聞こうとしたのに。
今度は唇を強く塞がれた。
熱を感じた次の瞬間にはもう歯列を割られ、中に舌が侵入してくる。
呼吸すら奪うような激しい口付けに翻弄され、気が付けばトシさんの手に支えられて辛うじて立っているような状態になっていた。
「あ…っ、は……ぁ……っ」
咥内を余すところなく弄られ、やっと唇が離れてもまともな言葉さえ紡げないまま。
半ば酸欠状態でジャケットの襟元に縋り、荒い呼吸を繰り返す。
その呼吸も整わないうちに、背中に回ったトシさんの手が滑って私のお尻に触れた。
明確な意図を持ったその動きに、慌てて身体を捩る。
「まっ、待ってトシさんっ」
そういうことをするのが、嫌なわけじゃない。
トシさんが求めてくれるのは嬉しいし、その時はもちろん応えたいと思うけれど。
これは、いつもとは状況が違いすぎる。
玄関で立ったままなんて恥ずかしいし、それに。
「コンロの火、かけたままなのっ」
スープの入った鍋を、火にかけたままなのだ。
弱火だから流石に焦げることはないだろうが、あまり長く放置していると煮詰まってしまう。
そう訴えかけたのだけれど、トシさんは聞く耳を持ってくれないまま。
何一つ言葉を発することなく、スカートのファスナーを下ろしてしまった。
ぱさり、とフローリングの上にスカートが落ちる。
「や…っ、トシさんっ、ほんとに、」
駄目、と最後まで言えず、再び重なった唇。
その間にもトシさんの手は、私のお尻を撫でたり揉んだりと忙しなく蠢いた。
唇と手から与えられる刺激に頭の中が霞掛かっていくけれど、ここで流されてしまうわけにはいかない。
とにかく、コンロの火だけでも止めさせてもらわないと。
そう思って胸元を叩いてみても、私なんかの力じゃトシさんはビクともしなくて。
呆気なく両方の手首を取り押さえられ、そのまま反転して玄関ドアに押し付けられた。
「ナマエ……っ」
トシさんの左手が器用に私の左腕と右の手首を纏めて押さえ、もう一方の手が私の頬に触れる。
ようやく発せられた一言はひどく切羽詰まっていて、どこか焦っている様子だった。
「悪い……このまま抱かれてくれ、」
掠れた低音が、鼓膜を揺らす。
聞き返す間もなく、再び唇が降ってきた。
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