この手に堕ちてきた最愛[3]
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駅前のロータリーで、強情な言葉とは裏腹に酷く顔色の悪いナマエを強引に車に乗せ、本邸へと連れ帰った。

医者を呼び、使用人にナマエの身の回りを一任し、料理人に粥を作らせる。
車に乗せてからはすっかり抵抗する気力を失ったらしいナマエは、言われるがままされるがまま。
寝巻きに着替え、粥を少量食し、医者に処方された薬を飲み、大人しくベッドに入った。

何かあれば呼ぶと使用人を部屋から追い出し、ベッドの脇に用意した椅子に腰を下ろす。
熱のせいか常よりも赤い顔をしたナマエが、朧げに俺を見上げてきた。

「…あの、すみません、でした」
「何に詫びている」
「ご迷惑を、おかけして」

本当に、如何しようもない女だ。
お前は一体いつ俺に迷惑をかけたというのか。

「ならば、その謝罪は聞き入れられん。それよりも、この俺に心配をかけたことを詫びろ」
「………心配、ですか?」

不思議そうな声を出され、無意識のうちに溜息が漏れた。

「…お前は俺を何だと思っている。愛おしい女一人の心配もせんような薄情な男に見えるのか」

僅かな沈黙があった。

「……すみません」

やがて返されたのは、再びの謝罪。
恐らく此度は、そこに正しい意図を含んでいるだろう。

「もうよい、眠れ。此処にいる」

就寝を促せば、ナマエは素直に瞼を下ろした。
薬が効き始め、体力的にも限界が近かったのだろう。
少し荒い呼吸は、やがて規則正しい寝息に変わった。

「………全く、手の掛かる」

眠っていればあどけない、従順そうな女だというのに。
一度口を開けば文句ばかり、眉を吊り上げて俺を睨む。
思い出すだけで、笑いが込み上げた。

「そのようなところも愛おしいのだと、何故お前に伝わらんのだろうな」

愛情の全てを傾けてきた。
望むことは全て叶えてやると心密かに誓ったのは、戯言などではない。
だが、想いを注いでもそこに受け皿はなく、全てが流れ落ちてゆくばかり。

腹立たしい、もどかしい。

「…否、……此れが、寂しい…か」

それは、初めて知る感情だった。

怒った顔も拗ねた顔も、好ましい。
転々と移り変わる表情が好きだ。

「だが、一番見ていたいと願うのはお前の笑顔だ」

笑っていてほしい。
俺の前で、俺に向かって。
初めて出会った日、一目で俺の心を奪っていった、あの笑顔を。
いつも、見せていてほしい。

「しおらしいお前も偶には良いがな。……早く良くなれ。此れでは口付けも出来ん」

目を覚まし、風邪が平癒したその暁には。

「お前の話とやらを聞いてやろう。気の済むまで話すがよい。俺も…俺の想いも嫌というほど聞かせてやる」

だから最後に、俺を愛していると言え。
俺と結婚すると、そう誓え。

「…愛している、ナマエ」

そう呟いて、少し汗ばんだ額に張り付く前髪を掻き分けてやろうと手を伸ばした。
その時。
ナマエの薄い瞼が持ち上がり、その奥から漆黒の瞳が覗いた。

「っ、貴様…!何処から聞いていた」

今目が覚めた、などという稚拙な申し開きは通用せん。
それにしては、焦点を合わせるまでの時間が短すぎた。

「すみません、その、タイミングを掴めなくて」

その台詞に、随分と前から起きていたことを悟る。

「貴様……いい度胸だ。存分に褒めてやろう」
「ちょ、千景さん!その目はやめて下さいって、怖いですから……っ、」

慌てたように声を上げたナマエが、自らの大声に咳き込む。
一度言いかけた言葉を飲み込み、莫迦者、とナマエを黙らせた。

口元を覆って何度か咳き込んだナマエが、やがて落ち着きを取り戻し大きく息を吐き出す。
再び見上げてくる視線は熱と咳の影響で潤み、あまりに扇情的だった。
このままでは余計な手出しをしかねん。

「水を取ってきてやろう」

そう言って椅子から立ち上がると、ナマエは素直に頷いた。
本当は内線一本で言い付ければ済むことだが、今はこの場を離れる口実にする。

「千景さん」

ナマエに背を向けたところで名を呼ばれ、振り返れば。
ナマエは俺の方を見ぬまま、険のある口調で。

「自分の婚約者に対して貴様はどうかと思いますよ!」

そう言い捨てた。

「それはお前が寝たふりなどという巫山戯た……………何だと?」

俺がそこに含まれた単語に気付いた瞬間、ナマエは真っ赤になった顔を掛け布団の中に引っ込めた。

「ナマエ、待て。今何と言った」
「…二度と言いませんっ」

布団の中からくぐもった声が返ってくる。

「ふっ……本当に、素直からはかけ離れた女だ」
「すみませんね素直じゃなくて!嫌なら別に、」
「だが、そういうところも好ましい、と。何度言わせるつもりだ?」

悪いが、水は後回しだ。
一先ず俺の唇で我慢しろ。
風邪が移る、などという言い分は聞かん。

俺はナマエの頭から足先までを覆った掛け布団に手をかけ、力尽くで引き剥がした。
その下から覗く、ナマエの愛らしい顔を想像しながら。




この手に堕ちてきた最愛
- 諦めて俺に愛されていろ -




あとがき


ね、姉さんっ!! お待たせしましたあ!!
そして、お気付きでしょうか。これが、拙宅初のちー様視点だということに。
いやあ…それが難産だった最大の原因です。途中まで書いて、なーんかしっくりこなくて、何でだろうと思ったら、ちー様視点を書くのが初めてだったんです。長編はずっとヒロインちゃん視点だし、短編もヒロインちゃんか三人称かのどっちかで、ちー様語りは一度もやったことがなかったんです。
……という言い訳でいいですか?! どうしようこれ、完全にキャラ崩壊した?! え、大丈夫ですか?!
あの、苦情は随時受け付けておりますので。
しかも、リクエストは「結婚するまで」だったのに、結婚してないしっ!! ほとんど何も進展してないし!!
ああもう私本当に馬鹿だよごめんなさい(>_<)

こ、こんなので良かったら…煮るなり焼くなり削るなり…ご自由にお持ち帰りください。




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