この手に堕ちてきた最愛[2]
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「…というわけだ。貴様はこの失態に対し、如何に責任を取るつもりだ」

事の概要を説明すると、俺の目前で二人の男が同時に溜息を吐いた。
仮に優先すべき最重要な案件がなかったならば、即刻叩き斬っているところだ。

「………あのよぉ風間。お前、それ本気で言ってんのか?」

その片方、全ての元凶である不知火が乱雑な手付きで頭を掻く。
何処までも不躾な男だ。

「本気か、だと?この俺が、我が妻との結婚式に対し徒疎かなことを言うとでも思っているのか。だとすれば、」
「分かった!わーかったよ」

ふん、一度で理解せんとは、此奴も大概頭の悪い男よ。

「それで?貴様はこの俺の計画を台無しにしておいて、謝罪の一つも述べれんのか?」

押して駄目なら引いてみろ。
此奴の助言に渋々従った挙句、此の様だ。

「あのなぁ…。ったく、分かったよ。あとでいくらでも謝ってやる。だからまずは俺の話を聞け」
「何だと?不知火、貴様この俺に命令するなどと、」
「いいから聞けよ」

一体何だというのだ。
そこまで言うならば聞いてやらんこともないと、続きを促す。

「とりあえず、結婚式の話は後回しにしろ。先にだな、」
「それが本題だと、」
「いいから聞けって!」

いい度胸だ不知火。
後で血祭りに上げてやろう。

「お前は先に、ナマエの話を聞いてやれ」
「貴様…っ、馴れ馴れしく我が妻を呼び捨てるとはどういう料簡だ」
「風間。その調子では話が前に進みません」

天霧……貴様も後で覚悟しておくのだな。

「別にナマエは本当に結婚式を海外でやることに怒ってんじゃねぇよ。お前がそうやって勝手に話を進めちまうから怒ってんだよ」
「貴様に何が、」
「分かるんだって。てか、何でお前は分かんねぇんだ」

何故我が妻の心情を、此奴から聞かねばならん。
理解しているのだと言わんばかりの言い分が癪に障る。

「婚約も結婚も一旦白紙に戻せ。お前は最初っから飛ばしすぎなんだよ」
「白紙に戻す、だと?…ふん、そのようなこと、」
「いいからそうしろ。で、ちゃんと一から口説き落とせよ」

何を今更。
そう嘲りかけ、昨夜のナマエの台詞が蘇り口を噤んだ。
あれは、付き合っているつもりはないと俺との交際まで否定したのだ。

「それとも何だ?風間千景ともあろう男が、女の一人も落とせねえのか?」

下らん安い挑発だ。
いいだろう、乗ってやろう。

「ふん…っ、貴様、そこまで言ったからには覚悟は出来ているのだろうな」
「そっちこそ。そこまで言っておいて、振られましたじゃ話になんねぇぜ?」

誰に向かって口を利いている。
この風間千景に出来んことなど、この世には存在せん。

「見ているがいい。すぐに我が妻を口説き落としてやろう」

俺は手に持っていた書類をデスクに放り、私用のスマートフォンを取り出した。
二人分の溜息が聞こえてきたが、血祭りに上げるのは後回しだ。
そのような下らん瑣事に構っている暇などない。

まずはこの茶番に片を付けねばならん。

今日は水曜日だ。
ナマエは恐らく仕事だろう。
普段ならば会社に直接乗り込むところだが、それをするとあれは機嫌を損ねる。
今日は大人しく待っていてやろう。

"仕事が終わり次第連絡しろ"

それだけ打ち込み、送信する。
返信は恐らく終業後になるだろう。
それまでに粗方の仕事を片付けておこうと、書類を再び取り上げる。
しかしその一枚目もまだ読み終わらぬうちに、デスクの上でスマートフォンが震えた。
僅かな驚きをもって画面を見れば、差出人にはナマエの名前がある。
確認すると、簡潔な一文が目に入った。

"今日は体調が悪いので会えません"

一瞬、俺に会わないために捏ち上げた口実かと思った。
だがナマエは、そのような虚言を吐く女ではない。

「………帰る、」

俺は書類を投げ出し、スマートフォンを片手に立ち上がった。

「はァ?帰るってなんだ?」
「風間。この後は会議が、」

喚くな、騒々しい。
我が妻の体調が思わしくないというのに、会議などに無駄な時間を費やすのは愚かしいことだ。

「どうにかしておけ」

俺は足早に社長室を後にした。

やはり、昨日一人で帰したのは過謬だった。
今更ながらに襲う悔恨の念に苛まれながら、ナマエに電話を掛ける。
呼び出し音が数回鳴り、やがて回線の向こうからナマエの声が聞こえてきた。

『もしもし、』

その声は掠れていて、どうやら喉をやられている様子だ。

「今何処にいる」
『だから、今日は会えませんって、』

エレベーターに乗り込み、地下二階のボタンを叩く。

「それでは質問の答えにならん」
『……早退して、駅に向かうところですけど』

開いたドアの隙間から身体を押し出し、地下駐車場に向かった。
此処からナマエの会社の最寄り駅までは、車だと十分ほどで着く。

「駅で待っていろ」
『え?いや、別に大丈夫ですから、』
「いいから待っていろ」

喚くナマエの言葉を遮り、一方的にそう告げて電話を切った。



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