何度でも貴方に恋をする[2]深呼吸を、大きく一回。
心の中でそっと気合いを入れ直してから、私は足を前へと踏み出した。
「土方さん!」
周囲の喧騒に負けないように、少しだけ声を張る。
私の呼びかけに気付いてくれた土方さんが、はっとしたように私を振り向いた。
「お待たせしてしまってすみません」
まさか、15分前から待ってくれているとは思わなかった。
一体いつからここにいたのだろうか。
最後の数歩分を小走りに縮め、土方さんの前に立つ。
見上げると、真っ直ぐに視線がかち合った。
「……あの?」
だけど、土方さんは私を見たまま固まってしまって、返事がない。
早速何かまずいことをしてしまったのだろうかと、首を傾げると。
「あ、ああ。なんだ、その、早かったな」
土方さんはそう言って、私から視線を逸らした。
「それは私の台詞です。すみません、随分待たせてしまいましたか?」
「いや、そんなことはねえよ。俺も今来たところだ」
その言葉の真偽を確かめる術なんてないので、素直に信じることにする。
「なら、よかったです。…行きましょうか」
「あ、ああ」
そうして、私は土方さんと並んでJRの改札をくぐり抜けた。
ここから鎌倉まで、およそ一時間と少し。
ホーム上の発着案内を見れば、丁度5分後に横須賀線直通の湘南新宿ラインの電車が来るようだった。
「晴れてよかったですね。それに、最近にしては随分と涼しいですし」
夏の終わり。
先日まではひどい残暑が続いていたが、昨日から急に過ごしやすい気温になった。
「ああ、そうだな」
隣を見れば、土方さんが口元を緩めて微笑んでいて。
それだけのことに、鼓動が速まる。
「その、土方さんは鎌倉には良く行かれるんですか?」
「いや、随分久しぶりだ。…学生の頃以来かもな」
「そうなんですね。だったら、今日は私がご案内しますね」
「お前は………、いや、」
「え?なんですか?」
「いや…、その、良く行くのか?」
「そうですね。あの雰囲気が好きで、友人と時々あてもなく遊びに行ったりするんですよ」
「そうか」
そんなことを話しているうちに、電車がホームに滑り込んで来た。
ドアの端に立って降りる人の波が途切れるのを待っていると、サラリーマン風の男の人が慌てた様子で強引に飛び出してきて。
肩にぶつかられ、後ろによろけた。
けれどその時、背中に感じた何かに身体を支えられ、それ以上足が下がることはなかった。
「大丈夫か」
思っていたよりもずっと至近距離で聞こえた声に、びっくりして顔を上げれば。
土方さんがすぐ側に立ち、左腕で私を支えてくれていた。
「わ、ごめんなさい。大丈夫です」
慌てて体勢を立て直せば、土方さんが苦笑して。
ほら、とエスコートするように私の肩を抱いて車両の中へと促してくれた。
服の生地越しなのにも関わらず、触れ合った箇所が熱い気がして。
私は顔を上げられないまま、電車に乗り込んだ。
偶然にもシートの端が二人分空いていて、土方さんは迷わず私を一番端に座らせてくれた。
その隣に土方さんが腰を下ろす。
その距離の近さに、また鼓動が高鳴って。
私は、意味もなく視線を泳がせた。
最初は緊張していたその距離感も、車窓の眺めが長閑になるにつれて段々と慣れることが出来、その頃には普通に言葉を交わせるようになっていた。
土方さんも最初はあまり話さなかったけれど、次第に趣味の俳句の話や剣道の話をしてくれるようになった。
「それを、打突部位っつってな、……って、悪い。こんな話、つまんねえな」
剣道のルールを説明してくれていた土方さんが、不意にそう言って言葉を切る。
つまらなくなんてないと、私は首を横に振った。
「そんなことないです。もっと、話して下さい」
「だが、」
「土方さんの好きなものを、私も知りたいんです」
「…………なあ、」
驚いたように私の言葉を聞いていた土方さんが、不意にその表情を改めて。
「…その、……ナマエ、でいいか、」
「え?」
「だから、その、名前…で、呼んでいいか」
そう言って、少し赤くなっているように見える顔を背けた。
「はいっ」
それが、嬉しくて。
とてもとても、嬉しくて。
私は笑った。
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