何度でも貴方に恋をする[1]
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待ち合わせは、11時にJR新宿駅だった。


土方さんから、一緒にどこか出掛けないか、と電話があったのは、あのお見合いから一週間が経った金曜日の夜のことだった。
お見合いの日にお互いの気持ちを確認し、お付き合いを始めた私たちにとって、それはいわゆる初デートというもので。
自分から誘うなんてはしたないかな、とヤキモキしながら一週間を過ごしていた私はすぐさまその誘いに同意した。

どこか行きたい所があれば、連れて行く。
ただ……その、俺はあんまり育ちも良くねえし、堅苦しいのが得意じゃねえんだ。
だから、出来れば気張らなくてもいい場所だと助かるんだが。

回線の向こうから聞こえて来た、歯切れ悪く気恥ずかしげな口調。
立派な会社の専務という肩書きからイメージしていた人物像とはかけ離れたその言葉に、胸が温かくなった。
実直で飾り気のない、素敵な人だ。

二年前に、伯父に連れられて見に行った剣道の大会。
私はこれといって剣道に興味があったわけでも、その知識があるわけでもなかったけれど。
一目見て彼に惹かれた。
防具をつけていて、顔なんて分からなかったのに。
凛とした立ち姿、そして力強く竹刀を振る姿。
試合のルールも何も、全然分からなかったけれど。
ただ、その姿を目で追った。
そして大会の終わりの表彰式で、防具を全て外した彼に全てを持っていかれた。
準優勝という素晴らしい成績だったのに、彼はまるで興味のなさそうな顔で。
腕を組んで佇む袴姿に、恋を自覚した。

不思議な話だ。
声を聞いたわけでもない、何かを話したわけでもない。
表彰式でようやく土方歳三という名前を知っただけで、彼が何をしていてどんな人かなんて、何も知らないのに。
この世に一目惚れというものが本当に存在するのだということを、私はその時初めて理解した。

彼が伯父の知人だということや、新選ホールディングスの専務だということは、全て後から知り得た情報だ。
私は卑怯だと分かった上で、それでも彼とのお見合いを伯父に頼み込んだ。
そうして初めて顔を合わせた彼は、ひどくぶっきら棒で、心ここに在らずといった様子で。
無理矢理お見合いの席に駆り出されたのだということが、態度からひしひしと伝わってきた。
碌に顔も合わせてもらえなくて、私はやはりこんな卑怯なやり方をするべきではなかったのだと痛感した。
伯父の権力を笠に着てあわよくば恋を成就させようなんて、間違っていたのだ。
だったらもう、私が彼のために出来る最後のことは、この話をなかったことにするだけだ。
そう思って、断ってもらうように頼んだら。
彼は、突然私を抱きしめて。
私に一目惚れをしたのだと、ひどく恥ずかしそうに明かしてくれた。

そんな、まるで夢のような展開を迎えたお見合いの後、お互いの連絡先を交換して。
必ず連絡する、と。
彼は面映げに微笑んでくれた。


堅苦しくない、気を張らなくていい場所。
土方さんの素朴なリクエストに、私は鎌倉散策を提案した。
聞けば歩くのは苦ではないとのことだったので、それならばお寺巡りもいいかと思ったのだ。
お互いのスケジュールを照らし合わせ、日時を決めた。
楽しみにしてる、と言ってくれた土方さんの声に、胸が高鳴った。

その日からはもう、何を着て行こうかとか、土方さんはどんな服が好きだろうとか、そんなことばかり考えて。
結局、白のトップスとそれに合わせた薄手のロングスカート、歩きやすいようにローヒールのパンプスをチョイスした。

待ち合わせの20分前、私は新宿駅に辿り着いた。
最初のデートから遅刻なんて絶対に避けたいと早めに家を出たら、見事に早く着きすぎた。
張り切っている自分を自覚して、妙な気恥ずかしさを感じる。
でも遅れるよりはずっといいと、バッグから取り出したパスケースをタッチして小田急線の改札を抜けた。
土曜日ということもあって、やはりそれなりの人混みだ。
人の波を縫うようにして、JRの改札口に向かう。
見つけやすい場所にいた方がいいだろうと、辺りを見回して。
そこで、目にした光景に思わず立ち止まった。

「え……?」

そこには、柱を背に佇む土方さんがいた。
一瞬、時間を間違えたのかと腕時計に視線を落とす。
10時45分。
まだ、待ち合わせ時間よりも早いはずなのに。
もう一度顔を上げても、やはりそこには土方さんが立っていた。

初めて見る私服姿に、視線を奪われる。
カーキグレーのストレッチチノパンに、上はシンプルな白のインナーと七分袖の黒いジャケット。
少し捲った袖口から覗く裏地が、ストライプ柄になっている。
足元はカジュアルな黒の革靴で、全体の雰囲気を引き締めていた。

どうしよう。
分かっていたけれど。
袴姿の時も、先日のスーツ姿の時も。
それは、疾うに認識していた事実なのだけれど。

やっぱり土方さんは、他の人よりも一段飛び抜けて格好いい。



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