輝く世界の中心に[2]
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購入した文庫本を最後まで読み切っても、千景さんからの連絡はなかった。
きっと、何か面倒なことになっているのだろう。
スマホの時計を見れば、時刻はすでに20時37分。
カフェラテの入っていたカップも、すっかり底が見えていた。
面白かった気がするけれど、いまいち内容が頭に入って来なかった文庫本を閉じ、バッグに仕舞い込む。
途中からは気も漫ろで、視線は字面を上滑りするばかりだった。

こんなことは、初めてじゃない。
千景さんと特別な関係になって、もうすぐ2年。
結婚に至るには少し短い交際期間かとも思うけど、今更他の人と結婚する気なんてないからそこは問題ないとして。
千景さんは忙しい人だ。
それは、代表取締役社長なんて肩書きを考えれば当たり前のこと。
彼の代わりはいない。
彼でなければならない事態はたくさんある。

今日はもう遅いし、そろそろジュエリーショップも閉まってしまうだろう。
残念な気持ちがない、と言えば嘘になるけど。
でも、これは慣れていかなければならないことだ。
この先ずっと、千景さんが社長の座を誰かに明け渡すまで。
私は彼を支えていくと、そう決めたのだから。
寂しいなんて言って困らせたくはない。
彼の足枷にはなりなくない。
いつだって笑って待っていたい。
会社で常に人の上に立ち、社員とその家族の人生を背負い、毅然と振る舞う千景さんの。
唯一安らげる場所に、なってあげたい。

飲み物のお代わりを頼むかどうか思案していると、不意にテーブルの上のスマホが光って着信を告げる。

「もしもし、」
『終わった。今どこにいる?』

少し、疲労を滲ませた声。
カフェの名前を告げれば、千景さんはすぐに行くと言って電話を切った。
恐らく、誰かに車を出させるのだろう。
オフィスからここまでは、5分とかからないはずだ。
私はバッグの中から取り出した鏡で化粧をチェックし直した。

比較的大きなカフェは、入れ替わり立ち替わり人が行き交う。
そんな中においても、千景さんは特別だった。
纏う空気が、全然違うのだ。
千景さんが入口のドアから入ってきた瞬間、空気が揺れる。
もちろん、日本人には珍しい金髪紅眼が目立つというのもある。
着ているスーツがオーダーメイドの超高級品、というのもある。
でも、彼は持つオーラそのものが独特だった。

9割方テーブルの埋まった店内においても、千景さんは一瞬で私の姿を見つけ出した。
明らかに衆目を集めているのにそれを気にする素振りなんて全く見せず、真っ直ぐ私に向かって歩いて来る。
そして私の真向かいの椅子に座るのかと思いきや、テーブルを回り込んで私の側に立ち、ごく自然な動作で屈んだ。

「千景さ…っ、」

軽いリップノイズ。
一瞬だけ重ねられた唇。
間近に見た紅い瞳は、柔らかく細められていた。

「遅くなって悪かった」

今度こそ千景さんが椅子に腰を下ろし、長い脚を持て余すかのようにクロスさせた。
私はといえば、恥ずかしさに視線を泳がせるだけ。
こんな人前で、と文句の一つも言いたいのに、千景さんがやるとまるで映画のワンシーンみたいになってしまって結局何も言えないまま。
熱を持った頬を手で押さえれば、千景さんが喉を鳴らした。

「褒美だ、」
「ご褒美…ですか?」

短く告げられた単語に首を傾げれば。

「大人しく待っていたお前への、な」

なんて揶揄される。
いつだって、余裕があるのは千景さんだけで、私は振り回されてばかり。
それも嫌ではないけれど、たまには私だって、と。

「頑張った千景さんへの、じゃないんですか?」

ちょっとした悪戯心が沸いて、そう言えば。
紅い瞳が、妖しく揺らめいた。

「…それには、まだ足りん」

千景さんが背凭れに預けていた背中を浮かし、テーブルに身を乗り出す。
そのまま、テーブルの上に置いていた私の手の甲をひと撫でした。
たったそれだけのことなのに、まるで電気が流れたみたいに手が痺れて。

「指輪は、今度でも良いな?」

ささやかな意趣返しは、すぐさま返り討ちに遭った。
真っ直ぐに見つめてくる熱っぽい視線に、捕らわれる。
小さく頷くと、次の瞬間にはもう手を引かれて立ち上がり、店から連れ出されていた。

繋がれた手も、頬も、吐息も。
全てが熱い気がして、それを共有していたくて、私は千景さんの腕にそっと擦り寄った。

「…あまり煽ってくれるな、莫迦者」




輝く世界の中心に
- いつだって、貴方がいる -




あとがき


涼馨様

お待たせ致しました。婚約者ちー様の甘い夢とのことで、こんなかんじになりましたがいかがでしたでしょうか。
ちー様を尊敬しているヒロインちゃんとのことだったので、ヒロインちゃんの心情描写を多くしたらちー様の出番が少なめになってしまったのですが…。だ、大丈夫でしょうか?ドキドキ。
このあと二人はきっと、指輪も夕食もすっ飛ばして、ホテルのエグゼクティブルームに直行だと思います(笑)。無自覚にちー様を煽るヒロインちゃんの図、というのが私の好みですww
お気に召して頂ければ幸いです。
この度は、素敵なリクエストをありがとうございました。これからも、The Eagleをよろしくお願いします(^^)



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