baby and sweet [4]「ずっと、あんたのことが好きだった。故に、俺と付き合っては貰えぬだろうか」
それでも、最後まで口にするには恐怖心が大きすぎた。
語尾が震え、脈拍が異常に速くなる。
彼女の顔を直視出来ず、俯いた。
俺と彼女との間、ソファの座面を見つめて反応を待つ。
経験はないが、言うなれば判決を待つ罪人のような心境だった。
しかし、待てど暮らせど一向に彼女からの返事がない。
不審感が恐怖心を上回り、流石に顔を上げた俺の前。
彼女が、ぽかんと口を開けて俺を見ていた。
その、初めて見る無防備な姿に、俺もまた呆気に取られて固まる。
しばし、互いに無言で見つめ合った。
人生で、女性に想いを告白したのは初めてだった。
元々、己の心情を吐露することは不得手なのだ。
そうまでしても欲しいと思ったのは、彼女が初めてだった。
しかし、俺は何か間違った言い方をしてしまったのだろうか。
経験の浅さ故に、その判別さえ出来なかった。
「……その、返事は今でなくとも、」
構わぬ、と。
そう告げようとした。
突然告白しておいて、すぐさま返事を要求するなど勝手な話だろう。
しかし俺の言葉は途中で遮られた。
「あの、ね、斎藤君。…ごめん、私、もう付き合ってるつもりだったんだけど」
彼女の衝撃的な発言によって。
「誰…と、」
「斎藤君と」
「……誰、が」
「私が」
呆然となったまま口をついて出た問いに、彼女が簡潔な答えを返してくる。
頭の中が真っ白で、何も考えられなかった。
「えっと…ごめんね?そういえば、ちゃんと言葉にしてなかったかもね、」
霧が掛かったかのようにぼやける脳内に、彼女の声が入り込む。
情報整理が全く追い付いていなかった。
「…つまり、あんたは俺と、その、」
「付き合ってるつもりだったよ、ずっと」
濃い霧を突き抜けて、彼女の言葉の意味が脳天を貫く。
刹那、歓喜に身体が震えた。
「昼間も言ったじゃない?私の男だって」
俺はそれを、額面通りに受け取って良かったのか。
彼女は本心から、そう言ってくれていたのか。
「……ならば、それは、その…」
一向に、俺の口から秩序立った言葉は出て来ない。
しかし彼女は、俺の言わんとしていることを掬い上げてくれた。
「返事、ね。喜んで、で大丈夫かな」
その瞬間、あまりの幸福感と安堵に身体中から力が抜けた。
ソファの背に倒れ込み、深い溜息を吐き出す。
そんな俺を見て、彼女は可笑しそうに笑った。
笑いながら顔を覗き込まれ、今更とは知りつつも羞恥心が沸き起こる。
結果として報われたのだから良いものを、一人散々思い詰めてきた日々を振り返るとどうにも居た堪れない。
なおも喉を鳴らす彼女を睨み据えると、その笑みは一層深くなった。
「ごめん、怒らないでよ」
その言葉と共に、彼女の髪が降ってきて。
気が付けば目の前に、独り占めしたいと切に願っていた唇があった。
目線が合う。
同じ想いを共有し、互いに相手の目に同様の感情を読み取った。
触れた唇は、これまでで一番の甘さを孕んでいた。
俺はその、甘美な柔らかさに酔い痴れた。
baby and sweet- それは、再びの始まり -prev|
next