baby and sweet [3]
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「…話というのは、今日の昼間の件なのだが、」

その言葉で、彼女は俺の言いたいことを察したらしい。
ああ、と軽く頷いた。

「その、あれはどういう意味だったのか教えて貰えぬだろうか」
「……あれっていうのは、どれのこと?私が斎藤君に謝ったこと?」

聞きたいことは、二点だった。
一つは、雪村に向けて発した、私の男、という言葉の真意。
もう一つが彼女の言う通り、最後の謝罪の意味だ。
この際順番はどちらでも良いと、俺は首肯する。

「そんなに深い意味はなかったんだけど。ただほら、あの女の子、同じ部署の後輩なんでしょ?私のせいで気まずくなっちゃったら悪いと思って」

そして、返ってきた答えに戸惑った。

「…それはつまり、俺の仕事に影響を及ぼしたら悪いと思った、ということだろうか」
「そう。ほら、女は男が絡むと怖いから。嫉妬やら何やらね、」

ここ数時間、彼女の謝罪が何に対するものだったのか、己の中で答えは出ていないままだった。
だが朧げに、何かを否定された気がしていた。
ごめんね、の後に、嘘だよ、と続いたような気がしていたのだ。
しかし彼女はそうではないと言う。
あれは、俺と雪村の仕事上における関係の悪化を案じたものだったという。

ならば、直前の発言は。

「え、もしかしてもう何か言われちゃった?」

硬直した俺を見て誤解したのか、彼女が少し申し訳なさそうな顔をする。

「いや…何も。雪村からは、何も言われてはいない」
「そう?ならいいんだけど。ごめんね、」

再び聞かされた謝罪に、彼女がそのようなことを口にする必要はないのだと気付かされる。

「あんたが謝ることは何もない」
「うん、でもね、流石にちょっとやりすぎた気がして。年上なのに大人げなかったね」

そう言って寂しげに微笑まれ、その表情が昼間の去り際と一致した。
ごめんね、と薄く笑って。
あんたはまた、俺の手から擦り抜けて行ってしまうのか。

苦い口づけから始まった、俺にとってはあまりにも急激な恋だった。
恋と自覚したのは、いつの頃だったか。
しかし自覚する以前から、俺は捕らわれていた。
本当は、喫煙所で後ろ姿を見たあの瞬間から。
俺は、彼女に惹きつけられていた。
やがて、唇を重ね言葉を重ね、俺の想いは雪山を転がり落ちる勢いで大きく育った。
奔流に飲み込まれ、気が付けば後戻り出来ないところまで来てしまっていた。
拒絶を恐れ、受け身でしかいられなかった。
失いたくはないと、手を伸ばすことを躊躇した。
だが、もうこれ以上は。
彼女の背を、見送りたくなどない。


「俺は…あんたを、好いている」


あんなにも躊躇ったその言葉は、いざとなると案外滑らかに零れ落ちた。



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