baby and sweet [2]
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彼女の指が、軽快なリズムでキーボードの上を走る。
ブラインドタッチに慣れているのか、その視線が画面から逸れることはなかった。
自宅とはいえ、初めて見る彼女の仕事をする姿に、鼓動が不規則に跳ねる。
一服と称して煙草を吸う時とも、仕事上がりに酒を飲む時とも異なる横顔に、俺の視線は釘付けになった。
時折考え込むように手を止め、唇を微かに突き出すのは彼女の癖のようだ。
ふくよかな唇が動く度、俺は妙な居心地の悪さを覚えて慌ててコーヒーを口に含んだ。
ローテーブルの上にはマグカップがもう一つあり、それは彼女が自身のために淹れたものだったが、仕事に集中しているのか殆ど手付かずのままだ。

俺は中身が半分ほどに減ったマグカップを静かに置き、何と言って話を切り出すべきか考えた。
視線は相変わらず、彼女の姿に吸い寄せられる。
ジャケットは既に脱いでいるものの、着替える間も惜しんで仕事を始めた彼女はブラウスとチャコールグレーのパンツを身につけたままだ。
白いブラウスは、普段はジャケットに隠されて曖昧になっている彼女の身体の線を鮮明にした。
ふくよかな胸元に反し、ウエストは驚くほど細く括れている。
パンツとの境目を、光沢のある黒いベルトが飾っていた。
横座りになって投げ出された脚は細く、パンツの裾から覗く踝が何故か目を引く。
普段は決して目につかぬ所であるが故なのだろうか。

彼女の自宅で、二人きり。
当然目の前には、想い焦がれる彼女の姿。
その彼女と、この後交わす会話はどのような展開を迎えるのか。
様々な要因に思考は乱れ、心臓が暴れ回っていた。

そうこうしている内に、彼女がひとつ嘆息し。

「ごめん、お待たせ」

視線の先、彼女がシャットダウンしたパソコンを閉じた。
何気ない仕草で彼女が右手を頭の後ろに回し、髪をまとめていたクリップを引き抜く。
その瞬間、仄かな甘い香りと共に髪が舞い、重力に従って彼女の背を滑り落ちた。
髪を下ろす瞬間を目にしたのは初めてで、一瞬で変化した雰囲気と漂った匂いに思考を持ち去られる。

彼女がノートパソコンを持ち上げ、無造作にラグの上に置いた。
仕事はこれで終わりのようだ。
彼女の手がマグカップを引き寄せ、恐らく温くなっているであろうコーヒーに口をつけた。
マグカップがローテーブルに戻されるまでの一連の動作を目で追いながら、俺は焦る思考を必死で纏めようと努める。
その間に彼女は俺の隣へと移動し、ソファに浅く腰かけた。
少し斜めになった体勢は、俺の話を聞こうという意思の表れなのだろう。
緊張のせいかカラカラに干上がった口内を潤そうと、マグカップに手を伸ばしかけたところで。

「それで、話って?」

切り出された彼女の一言に、身体の動きが止まった。

まるで、俺が何の話をするつもりなのか欠片も理解していないような態度に愕然となる。
確かに俺は、話がある、としか伝えていなかった。
しかし、当該の出来事は今日の昼間に起こったのだ。
忘れているなどということはあり得ぬだろう。
つまり彼女にとって、あれは後から話に上るほどのことではなかったということか。
あのような大胆極まりない発言すら、彼女にとっては瑣末な出来事だというのか。
俺はあの言葉を、半ば夢見心地で受け止めた。
そしてその後の謝罪によって、激しい混乱まで来した。
彼女が何を思ってそれらを口にしたのか、本心を確かめたいと望んだ。
それほどまでに、心を乱されたというのに。
結局、振り回されているのは俺だけだ。

しかし、ここまで来た以上退くわけにはいかなかった。



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