指の隙間から零れ落ちていく[2]
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「お話し中にごめんね、そこの可愛いお嬢さん」

低くもなく高くもなく、淡々とした声だった。
そこでようやく第三者の存在に気付いたらしい雪村が、はっとして振り返る。

彼女は一体何を言うつもりなのか。
次に出てくる言葉に全く予想が付かず、身構える。
そんな俺の前で、彼女は雪村を真っ直ぐに見据えて。

「その子はね、私の男なの。だから、返してもらってもいいかな」

そう言って、嫣然たる表情を浮かべた。

一瞬、彼女が何を言ったのか理解出来なかった。
音だけが脳内を素通りした。
懸命に言葉を引き寄せ、滞りかけた思考でその意味を咀嚼し、ようやく理解して心に落とし込む。
その瞬間、身体の芯が発火したような錯覚を起こした。
腹の底から溢れ返った熱に、眩暈がしそうだった。

息を飲んだ雪村が、ややあって廊下を走り去って行く。
俺はその姿を見送ることも出来ず、ただただ彼女を見つめた。

まさか。
まさか彼女がそのようなことを口にするとは、思ってもいなかった。
青天の霹靂と言ってもよい。
私の男、と。
彼女は確かにそう言った。
俺のことを、まるで自分のものであるかのように明言した。

脳内で、彼女の言葉が何度も反響する。
身体が熱かった。
脳天から足の爪先までが、余すところなく痺れるような心地だった。

彼女が、俺のことを。

まさか、好いてくれているというのか。
所有物だと明言するほど、執着してくれているというのか。
他の誰かに渡すつもりはない、と。
そう、思ってくれているのか。

期待と歓喜に、身体が震える。
ずっと一方通行だと思っていたこの感情が、まさか彼女と繋がるのか。

「…ナマエ、さん」

呼び掛けた声が掠れた。
震える足で、一歩彼女に近付く。

単なる気紛れなのだと思っていた。
彼女にとって俺は、何の特別でもないのだと。
代わりなどいくらでもある、一時の遊びに過ぎないのだと。
そう、思っていたのに。

手を伸ばせば貴女は、触れさせてくれるというのか。
受け入れてくれるというのか。
この想いを。
この、狂おしいほどの思慕を。

きっと届かないのだと、心のどこかで諦観していた。
それでもみっともなく縋りつこうと、必死になっていた。
その手がいま、貴女に触れられる、と。

そう思った瞬間。

「ごめんね?」

彼女は目元を緩めて微笑むと、視線を外して俺の横を通り過ぎて行った。
再びヒールの音がして、それが背後で徐々に遠ざかって行く。
俺はその姿を振り返ることさえ出来ず、一人廊下に呆然と立ち尽くした。


その謝罪の意味を、理解出来ぬまま。




指の隙間から零れ落ちていく
- 貴女がくれた、刹那の希望 -



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