振り絞った勇気の報酬[1]
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あんたの電話番号とメールアドレスを、教えてもらうわけにはいかぬだろうか。

…それだと、長すぎるだろうか。

あんたの連絡先を教えてくれ。

…逆に、簡潔すぎるだろうか。

あんたの連絡先を知りたいのだ。
あんたの連絡先を聞いても構わぬか。

…いや、名を名乗るには自分から、というのだから、連絡先も己のものから伝えた方が良いのかもしれぬ。

これが、俺の連絡先だ。

…そう言って、電話番号とメールアドレスを書いた紙を渡すべきか。
しかし、彼女は俺の連絡先など知りたくはないかもしれぬ。
そもそも、一方的というのが間違っているのではないだろうか。

連絡先を交換したいのだが、良いだろうか。

…これでいくべきか。
いや、しかし、これを断られた場合のことを考えるとやはり、

「斎藤君?」

名を呼ばれ、意識が引き戻される。
すぐ目の前に、覗き込むような目があって反射的に少し仰け反った。

「どうかした?」

俺の隣、体勢を元に戻した彼女が首を傾げる。
その華奢な指に、吸い差しの煙草が挟まっていた。

「す、すまぬ、」

会話の切れ目、いつ切り出そうかと時宜を窺っているのは、今宵最重要にして最難関の課題。
如何にして彼女の連絡先を入手するかと考えるあまり、不自然な沈黙を作り出してしまっていたらしい。

「なんか、心ここに在らずだね。ごめん、今日都合悪かった?」

無理矢理付き合わせちゃったかな、と的外れな心配をされ、俺は慌てて否定した。

「いや、そのようなことはない。何も、都合が悪くなどない」

何よりも待ち望んでいた、彼女からの誘いだ。
例え仮に何か予定があったとて、万障繰り合わせて彼女との時間を優先するに決まっている。

「そう?何か考え事?」

その問いに、もしや今がチャンスなのではないかと思い至る。
連絡先を交換したい、と。
一言、そう言うだけでいい。

それなのに。

「いや、その、大したことではないのだ」

俺の唇から漏れたのは、全く異なる言葉だった。
彼女もそれ以上は深く追及することなく、先端から白い煙を立ち昇らせる煙草を唇に咥える。

「ああ、そういえばね、」

結局そのまま、彼女は別の話題を選んだ。
当然俺に、それを引き戻す術などあるはずもなく。
己の意気地のなさを情けなく思いながら、俺は彼女の言葉に相槌を打った。


口に出して言わねえと、伝わんねえぞ。

もう、幾度目になるだろうか。
頭の中で、土方部長の言葉を反芻する。
その通りだと思った。
口下手だとか、不器用だとか。
そのようなことを言い訳に黙ったままでは、欲しいものに手は届かぬ。
あの夜土方部長と別れた際、次に会った時に彼女の連絡先を聞こう、と。
そう強く決意した。
それなのに、共に会社を後にし、レストランで食事をとり、いつものバーに来て。
ここまでで凡そ三時間、彼女と同じ空間にいるというのに。
今だに俺は、目的を達することが出来ていないままだった。




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