伸ばした手の先が[3]
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「そこは、俺が口を出すことじゃねえのは分かってるがな、」

黙り込んだ俺に、土方部長はそう前置きをして。

「だがな斎藤。だったら、諦めるってか?」

俺を真っ直ぐに射抜く、視線。

「あいつにその気がなさそうだから?向こうから何も言ってこねえから?そんなんで、諦められんのか?」
「そ、れは…」
「そんな程度の気持ちなら、とっととやめちまえ」
「そのようなことはっ、」

強い口調で切り捨てられ、思わず声を張る。
そのような想いではない。
そのように、簡単に諦められるような想いでは、ないのだ。

「だったら、待ってねえで行くしかねえだろうが」

まるで、俺の反応など分かりきっていたかのように。
土方部長は驚くこともなく、さも当然とばかりの顔をして。
そう言って、烏龍茶の入ったグラスを、俺の手元にあるビールジョッキにぶつけた。
かん、と軽快な音が鳴った。
まるでそれが、始まりの合図と言わんばかりだった。



店を出て、駅で土方部長と別れた。
別れ際、土方部長は俺の背中を軽く叩き。

「だがまあ確かに、あの捻くれた女はお前にゃちっとばかり手強いだろうよ。何かあったら言え、協力してやる」

そう言って、笑った。
颯爽と歩き去る背中に、俺は黙って頭を下げた。


ホームで一人電車を待ちながら、俺は考える。
土方部長の言う通りだった。
俺は、初めて喫煙所で彼女と出会ったあの日から今まで、ずっと受け身だった。
彼女からの誘いを待ち、彼女からの口付けを待ち、そして無意識に彼女からの言葉を待っていた。
だが、それでは駄目なのだ。
ただ待っているだけでは、欲しいものは手に入らぬ。
いつか彼女が俺を好きになってくれるかもしれぬなど、ただの幻想だ。
本当に欲しいのならば、自ら追い掛ける以外に方法はない。

彼女を諦めることなど出来ぬ。
確かに最初は甘美な口付けに、まるで花の蜜に誘われる虫の如く吸い寄せられた。
今までに経験したことのない感覚。
羞恥と劣情を煽られ、快楽に嵌まり込んだ。
だが、共に過ごす酒の席を何度も繰り返すうちに、俺は彼女自身の人柄に惹かれていった。
言葉を重ね、時間を重ね。
気が付けば俺は、彼女自身を好きになった。
土方部長から奪いたいと、誰にも渡したくないと、そう思うほど。
彼女の隣に、立ちたかった。
口付けだけではなく、彼女の心も身体も、この先の人生も。
全てが欲しくなった。

それならば。
ようやくスタートラインに立てた今、これからは追い掛けるしかない。

口に出して言わねえと、伝わんねえぞ。
土方部長の言葉が蘇る。
まさに、その通りだった。

次に会えたその時には、まずは連絡先を聞くところから始めよう、と。
そう決意して、俺はホームに滑り込んできた電車に乗り込んだ。



伸ばした手の先が
- いつか、貴女に届くことを -




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