瞳が語った永遠「いやです」
それは、幾度となく繰り返した言葉だった。
他の男とはあまり話をするなだとか、幹部隊士の前で髪を下ろすなだとか。
私を心配するあまり、小言ばかりを言う貴方に。
私がそう答えると、貴方はいつも拗ねたように視線を逸らしたのに。
今回に限って、貴方は真っ直ぐに私を見据えた。
「いやです」
同じ言葉を繰り返す。
幾度となく唇に乗せたその音が、これっきり最後なのだと。
頭の片隅で、理解していた。
その深藍の奥に、揺れる感情を見た。
それなのに貴方の口調は、揺るがなかった。
「恋仲の男として、あんたに頼んでいるのではない。会津新選組の隊長として、隊士に命じている」
三番組の組長であったあの頃から。
貴方は絶対に、その権力を振りかざすことはなかったというのに。
「ミョウジ、これは命令だ」
最後の最後に、貴方はその手段を用いる。
「戦線を離脱しろ」
有無を言わせぬ、厳しい口調。
いつもは照れ臭そうに、私に愛を囁いた。
吃りながら、私の名を呼んだ。
その唇がいま、別れを告げる。
一時の別れではない。
今生の、別れを。
「否と言うならば、どのような手段を講じることも厭わぬ。手荒な真似はしたくない」
私に、貴方なしで生きろと、そう言うのですか。
貴方のいない世で生きろと、そんな苦しみを味わえと。
貴方は言うのですか。
「もう一度言う。直ちに此処から離脱しろ」
いっそのこと、もっと冷酷な目をしていてくれればよかったのに。
何の迷いもない目を、していてくれればよかったのに。
双藍の奥から零れ落ちそうな感情を、上手く隠しておいてくれればよかったのに。
どうして貴方の目は、いつもと同じように私に愛を囁くのですか。
「返事を、ミョウジ」
逆らえなく、なってしまうのに。
「……承服、致しました」
そう、答えてほしかったのでしょう。
貴方が望んだ答えを、私は口にしたでしょう。
それなのに。
どうして瞳を揺らすのですか。
「その代わり、ひとつお願いがあります」
どうして、泣きそうな顔をするのですか。
「会津新選組の隊長にではなく、三番組の組長にでもなく。はじめさん、貴方にお願いがあります」
貴方と共に過ごした、大切な時間。
狂おしいほど身を焦がした熱情。
「貴方がいま心から思うことを、教えてください」
形の良い眉が歪み、唇が不自然に戦慄いた。
瞳の色が、一層濃くなった。
「それは、」
「武士に二言はありません。何を言われたとて、先刻の言葉は取り消しません」
貴方の危惧を先読みし、それを捨て去る。
だから、最後に。
愛おしい時間の最後に、貴方の言葉を。
「……愛している、ナマエ。誰よりも、何よりも。あんたを愛している」
ねえ、はじめさん。
貴方が望むならば、私は生きましょう。
貴方のいない、気が狂いそうなほどの長い時を。
独り、絶望の夜を幾度も越えて。
それでも、生きましょう。
その言葉を胸に。
付き従い続けた背を、見送る自信はない。
だから、許して下さい。
先に背を向けることを、許して下さい。
真っ直ぐに前を見て、振り返ることなく。
貴方の前から、立ち去ってみせるから。
背後で、貴方が半歩だけ。
踏み出す気配があった。
でも、それだけだった。
両の手を握り締めて、貴方は見送ってくれているのでしょう。
あの日、最も敬愛する男の背を見送った時と同じように。
今度は、愛した女の背を。
貴方は黙って、見送ってくれているのでしょう。
貴方の視界に、映らなくなったらその時は。
膝をついてもいいですか。
貴方を想い、泣いてもいいですか。
それまでは必ず、振り返ることなく前へと進むから。
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