[5]旅立ちの日の静かな朝「姫様、お菊さん。本当にお世話になりました」
深々と下げた頭を上げると、心配そうな顔が二つ。
「道中、お気をつけ下さいね」
「着いたら文を送ってね、約束よ?」
見送りに出て来てくれた二人は、それはもう我が事のように私の旅路を気にかけてくれた。
「はい、約束です」
京から西の里まで、長い道のり。
とても徒歩で行ける距離ではないと、馬に乗ることになった。
千景様と天霧様には、数ヶ月前ここに来る時に乗っていた馬がある。
私が乗る馬は、姫様からありがたくも頂くことになった。
せめてものお祝いだと言われ受け取った、毛並みの綺麗な子。
幸い私は馬術の嗜みがあるので、手懐けるのに苦労はなかった。
「心配は無用だ」
荷物を括り付けた千景様が、なおも不安げな姫様たちに声を掛ける。
「この俺が共にいて、怪我をさせるはずなどなかろう」
いつもならば、姫様は間違いなく噛み付いていただろうけど。
この時ばかりは何も反論することなく。
「どうか、お願いね」
華奢な手を胸の前で握り合わせて、千景様に少しだけ頭を下げた。
「別れは済んだか、ナマエ」
軽く鼻を鳴らした千景様が、私に向き直る。
見下ろしてくる紅色の瞳を、真っ直ぐに見返した。
「はい」
「ならば、行くぞ」
もたもたしている時間はない。
日暮れまでに、行けるところまでは行っておきたい。
私はもう一度姫様に頭を下げ、馬の背を跨いだ。
千景様が先頭を行き、私は馬をその後ろにつける。
殿は天霧様だ。
「気をつけてねーーっ!」
姫様の声に見送られ、私たちは西への旅路を踏み出した。
胸中を占めるのは、微かな不安と寂寥感、そして大きな期待。
私は手綱を握り締めながら、先を行く大きな背中を追った。
昨晩千景様に訊ねたところ、道中の予定は比較的緩やかだった。
恐らく私がいなければ、二人はもっと速く馬を走らせ、僅かな休憩だけで里まで帰ることが出来たのだろう。
私の体力を考慮した結果、どれほど時間が掛かっても良いから無理をしない、という方針になったらしい。
男女による体力の差は仕方のないことといえ、足手まといになってしまって些か申し訳ない。
だが、無理をして体調を崩しては元も子もないので、二人の言葉に甘えさせてもらおうと思う。
前を行く千景様は時折私を振り返り、視線だけで辛くはないかと訊ねてくれた。
その度に、私は頷いて返す。
そして休憩の度、辛ければ後ろに乗せてやると言ってくれる千景様の優しさに、私は何度も温かい気持ちになった。
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