[1]二人で始める永遠
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ふと、一際強く吹き付けた風の音に意識が浮かび上がった。
閉じた瞼の向こうが、薄っすらと明るく感じられる。
もう、朝だろうか。
屋敷の外から聞こえてくる風の音は寒々しく、京の冬はまだ明けていないことを物語っていた。
しかしその音に反し、感じる温度は暖かい。
大きな温もりに包まれている感覚に、私はぼんやりと瞼を持ち上げた。

目の前に、恐ろしく美しい寝顔があった。

常は鋭く光る紅い双眸は、今は閉じられた瞼の奥。
金糸の前髪が僅かに掛かった眉間には皺一つなく、穏やかだ。
開けば辛辣な言葉ばかりが飛び出す薄い唇もまた今は閉じられていて、こうして見ると少しあどけなくも感じられる。
透き通るような白い肌は一見冷たく見えるのに、そっと頬に手を伸ばすと私よりも温かかった。

こうして共に同じ床で朝を迎えるようになってから、幾日が過ぎただろうか。
私が千景様の、妻になるか、という問いに頷いたあの夜から、私たちの間に増えた約束事。

食事は共に摂る。
毎日共に散歩をする。
夜は千景様の酌をする。

そして、床を共にする。

出会った翌日は問答無用で切り捨てたその条件を、私はあの夜ついに飲むこととなった。

しかし文字通り床を共にするだけであって、私たちの間にまだ交わりはない。
祝言を挙げるまでは、清いままで。
それは、鬼のしきたりだそうだ。

初めて同じ寝所で眠ることとなったあの夜、私はそれはもうとても緊張して身体を強張らせた。
そんな私に向かって、千景様は怒るでもなく、揶揄するでもなく。
ただ穏やかに笑った。
そして、鬼の矜恃にかけて手は出さない、と。
それまでの彼からは考えられないような優しい手つきで私を抱き寄せ、私が眠りに落ちるまで何も言わずにただただ髪を撫でてくれた。
あの日から、毎晩。
千景様は私を抱き寄せて眠る。
そのような毎日がもう、気が付けば一月も経とうとしていた。


千景様の妻となることを了承した時、私はすぐさま鬼の里に連れて行かれるのだと思っていた。
しかし私の予想に反し、千景様はなかなか姫様の屋敷から立ち去ろうとはしなかった。
その真意を、ある日私は千景様からではなく姫様から聞いたのだ。

私が千景様の問いに頷いた翌日、彼は天霧様と姫様にそのことを報告したそうだ。
天霧様はそれを受け、すぐさま里に帰還することを進言した。
だが千景様は、その提案を一言で退けたという。
里に戻れば、千景様には公務がある。
当然ながら妻となる私にも、なすべきことが待っている。
互いに公人となる身、今のように自由な時間はなくなり、行動は著しく制限される。
常に人目を気にし、常に自らの振る舞いを意識しなければならなくなる。
千景様は、それを嫌がったそうだ。

もちろん千景様とて、いつまでも里を離れているわけにはいかないことなど分かっているのだろう。
でも、あと少しだけでも。
こうして周囲の目を気にせず、自らの立場を忘れ、私と共に穏やかな時間を持ちたいと。
そう言って、天霧様を強引に説き伏せたそうだ。
その話を姫様から聞いた時、私は開いた口が塞がらなかった。


頬の下に感じる、千景様の腕の温もり。
もう片方の手は、私の腰辺りに回され、私の身体を緩く拘束している。
誰かと床を共にするなんて、昔まだ両親が生きていた頃以来のことだ。
一人で眠るよりもずっと温かい人の温もりが心地良くて、私は思わずもう一度目を閉じた。




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