伸ばした手の先が[2]
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「ま、満更でもない、とは…」
「お前、あいつに惚れてんだろ?」

何とか言い逃れの道を探そうとした俺を、土方部長が難なく追い詰めてくる。
普通ならば、そのようなことはないと言えたはずだ。
だが、あの口付けを目撃されてしまっている以上、否定したらしたで、ならば何故口付けなど、と次は倫理観を疑われることになりかねない。

沈黙を肯定と取られたのだろう。
土方部長が喉の奥で笑った。

「そうか。お前があいつをなあ、」

何かを含めた言い方に、ふと胸の内に広がった暗い靄。
気が付けば、考えるよりも先に言葉が口から飛び出していた。

「土方部長はその、彼女とは、」

しかし、声に出して聞けたのはそこまでだった。
土方部長が、目を細める。

「なんだ?」
「……いえ、」

過去を詮索して、俺は一体どうしようというのか。
彼女と土方部長の過去を聞いて、一体何になるというのか。
そのようなことは無駄でしかないと、頭では理解出来ているというのに。
あいつ、と。
彼女を気安く呼ぶ土方部長が、交際をしていないとはいえ、彼女に対しどのような感情を持っているのか。
また、過去にどのような感情を抱いていたのか。
それが、気になってしまった。

「斎藤」

土方部長の低い声が、俯いた俺を呼ぶ。
仕事中を思わせるそれに顔を上げれば、それまでよりも真剣な表情に出会した。

「口に出して言わねえと、伝わんねえぞ」

恐らく土方部長は、俺の問いを察していたはずだ。
だが、敢えて最後まで言わせようとしている。
試されて、いるのだろうか。
彼の友人に対する、俺の想いを。

「……土方部長は、これまでに彼女を想っていらしたことがあるのですか?」

先程途中で飲み込んだ問いを、今度は最後まで口にした。
土方部長は、それでいいとばかりに口角を上げて笑った。

「ねえよ。言ったろ?あいつみたいな大酒飲みは御免だってな」

その言葉に安堵した己がいることを、認めぬわけにはいかなかった。

「大学で、同じ学部だった。専攻が同じだったから、確かによく一緒にいた。だが、それだけだ」

悪友みたいなもので、決して互いに恋愛感情を持ったことはない、と。
土方部長は、彼女との関係についてそう説明した。

「だから、俺に遠慮する必要なんざねえよ」

そう言って、浮かべられた滅多にない笑み。
醸し出された優しい雰囲気に、つい、ずっと抱えていた蟠りが口をついて出た。

「ですが…その、彼女にとって俺は、そのような相手では…」

この半年で、確かに何度も飲みに行った。
しかし彼女は俺に口付けはしても、決して交際に繋がるような話はしなかった。
俺が何の行動も起こせなかったのは、彼女が土方部長と交際していると思っていた故。
しかし彼女に、そのような枷はなかったはずだ。
それなのに、彼女は俺に対し何も言わなかった。
つまり、彼女に俺と交際をしようという意思はないのだろう。



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